松本清長『眼の壁』と手形パクリへの対抗手段

オカモト弁護士の法的考察

第130回

松本清長『眼の壁』と手形パクリへの対抗手段

                    岡本馬路


『眼の壁』は、松本清張の長編推理小説。『週刊読売』に連載され(1957年4月14日号 – 1957年12月29日号)、1958年2月、光文社から単行本として刊行された。


若い会計課次長が、パクリ屋の手形詐欺に端を発する、連続殺人事件の謎を追跡するミステリー長編。『点と線』に次いで連載開始された推理長編であり、知能犯的経済犯罪を発端に、様々な社会的素材・人間像が盛り込まれ、連載中から大きな反響を呼んだ作品である[1]。


1958年に松竹で映画化。2022年にWOWOWで連続ドラマ化された。


あらすじとしては

電機メーカーの会計課長・関野徳一郎は、R相互銀行本店にて、パクリ屋グループによる詐欺に引っ掛かり、総額3000万円の手形を詐取された[3]。会社は大損害を蒙り、責任を感じた関野は、湯河原の山中に分け入り、自殺する。


遺書により過程を知った関野の部下・萩崎竜雄は、社内の極秘として事件を警察に頼めないなら、自ら真相を追跡しようと決心した。新聞記者・田村満吉と共に、事件の背景を追う竜雄だったが、高利貸の女秘書・上崎絵津子や右翼の領袖・舟坂英明など、謎の人物が交錯し、やがて殺人事件に発展する。


2025年段階では封書が110円であり、昭和32年当時は10円であるから3000万円ということは現在の金銭価値で3億円相当の損害を会社に与えたことになる。


手形の特殊性があまり人口に膾炙していない時代には、新鮮なことであったろう。

取引行為(原因行為)をはなれて無因の手形は、善意の第三者にわたった場合、詐欺とか脅迫とか盗取とかについて債務者側が立証しなければならず、それも手形訴訟では制限される。また、銀行等の手形交換で支払われなかった場合は、不渡り処分となり、これが2回重なれば銀行取引停止となり、事実上倒産状態となる。

 倒産法が2004年以前の未熟な状態だと取り付け騒ぎ等がおきやすかった。従業員保護のために役員の自殺等も多かった。

篭脱詐欺というわりと単純な手口であり、抽象化すると被害者Vが、金融機関等の盾もlので融資の担保として、Bに手形を交付したが、それは金融機関とは何の関係ものあい別人であり、金品を受け取ると相手を待たせておき、自分は建物の裏口などから逃げる手口の詐欺である。

 ここで会社がやすやすと期限に手形金を支払うから損害は生じる・

 会社がひっ迫状態にあることが世間にばれないためにせよ、金額からして、ここでやすやすと支払うことについては商法上の取締役の善管注意義務からして問題がある。


 昭和後期以降の弁護士の感覚だと、この段階で会社が支払に応じる必要はなかったように思われる。手形訴訟を相手方(通常は善意の第三者を名乗る者である)がでてきたとしても、だましとった超高額の手形であり、取締役会議事録添付が必要なレベルの高額取引であるのだし、昭和32年段階では、会社レベルでは電話も普及していたのであるから。そうそう善意無重過失の第三者とはいえないはずである。昭和30年代だとこのへんの司法への信頼はなかったのであろう。本職も中学生の時に読んだときには引っ掛かりを覚えたなかった。

 手形訴訟の場合、代表者しか証人になれないとか、いろいろ制限があり、代表者が承認になれないほど認知症がすすんでいるとか特殊事情なき限りは、やすやすと支払に応じるべきではなかったと思われる。

  2回目の不渡り処分で倒産ということになるにせよ、取締役の善管注意義務ということでも問題はあった。

 冒頭部分にややひっかかりがあったのは高木昭光先生もそうで『白昼の死角』では手口が単純すぎる旨の指摘がある。実際は、松本先生自身、あえて単純にしたようである。

 現在なら金融機関の防犯カメラの設置もあり、この種の篭脱け詐欺は困難になっている。


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