『ハレンチ学園』とモーレツごっこの法的考察
オカモト弁護士の法的考察
第121回
『ハレンチ学園』とモーレツごっこの法的考察
岡本馬路
サザンオールスターズの『Hotel Pacific』(シングルは2000年6月)をステージで演奏する際には出光興産の1969年のCMをフューチャーした演出がなされていた。ヘルメットにミニスカートの若い女性が何人も踊っていた。1969年のCMでは丸善石油のガゾシンによって自動車の猛烈ダッシュで小川ローザのスカートが少しめくれる、というものを再現していた。
1950年代に生まれたサザンオールスターズのメンバーにとって、この1969年のCMは鮮烈な印象が残っていたのであろう。
2025年11月に漫画家の永井豪先生が紫綬褒章を受章した。
1970年にPTAの槍玉にのぼっていたころからすると遠くにきたものである。
『ハレンチ学園』は、永井豪による日本のギャグ漫画、およびそれを原作としたテレビドラマ、映画。『週刊少年ジャンプ』(集英社)において、創刊号に読み切り、1968年11号から1972年41号まで連載された。
このなかで小学校低学年の主人公たちはモーレツごっことし女子小学生(低学根)のスカートめくりをしたり、異様な風体の教師たちが女子生徒にひらがなの書いてある下着をはかせてカルタとりとしょうして下着を脱がす遊びをしたりしていた。
以下はウィキペディアのハレンチ学園の項目から抜粋。調査2025年12月1日。
性描写と狂死の扱いに関してPTAから非難される状態が生じた。]。
1970年1月に三重県四日市市の中学校長会が問題視し、四日市市少年センターが三重県議会に有害図書指定を働きかけるが実現には至らなかった。同年には福岡県でも問題になった。『少年ジャンプ』編集部へも、各地のPTAや教育委員会から多数の苦情が寄せられた。
PTA等からの激しい批判の標的となり、作者の人格攻撃にまで発展。ただ永井本人としては、学生時代に教諭が女子生徒の体を触り、その場は教諭個人の冗談を含む一過性の性的揶揄と思ったが、後で隠れて泣いている女子生徒を目の当たりにし、その目撃談を元にデフォルメして作品を描いたという経緯であって、糾弾にまで至った事に困惑していた。
一方、批判ばかりでなく擁護の声もあり、『週刊少年ジャンプ』で活躍していた教育評論家の阿部進はその筆頭であった。阿部は会合に出かけて議論すると共に、テレビ出演して擁護を行った。『毎日新聞』は1970年1月199日社説で規制に疑問を呈し、2月6日の記事でも子供の精神発達の阻害になる可能性は少ないとの記事を掲載し、『少年ジャンプ』編集部には読者から多数の応援の手紙と電話が寄せられたという。警視庁少年防犯関係者も「大したことはない」と問題視していなかった。
後年の永井は、当時の糾弾者達は、ハレンチ描写よりも、余りに理想の教師像からかけ離れた教師達の描写を問題視したのではないかという推測を述べている。評論家の石子順造や編集部員だった西村繁男も同様に、教師という権威をからかったのが怒りを買ったのだと見ている。
児童ポルノ法や青少年保護条例の前の時代であり、ハラスメント概念の普及する21世紀の30年前であった。
教師たちの所業は強制わいせつ罪には該当するが、特別権力関係論や部分社会論がまかりとっていた時代でもあった。
女子生徒の人権保護の感覚が乏しい時代ではあった。
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