オカモト弁護士の法的考察

第８７話『パタリロ！』でのバンコランの貞操義務

オカモト弁護士の法的考察

第８７回

『パタリロ！』でのバンコランの貞操義務

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　岡本馬路

※ネタばれ注意　本エッセイでは魔夜峰央『パタリロ！』の文庫版２９巻でのエピソードのネタばれがあります。ネタばれなしで楽しみたい方は、本エッセイを読み飛ばしください。

『パタリロ!』は、魔夜峰央先生のギャグ漫画。『花とゆめ』（白泉社）で１９７８年に連載を開始し、２０２０年『マンガPark』にて連載中。

１９８２年にはアニメ化もされた。１９９９年に第28回日本漫画家協会賞優秀賞受賞。実写映画版が２０１９年に公開されている。

シリーズ累計発行部数は２５００万部を突破している。

バミューダ＝トライアングルの真ん中に存在する架空の島国マリネラ王国を舞台に、その国王パタリロが、側近のタマネギ部隊や、イギリスの諜報機関MI6（エム・アイ・シックス）の少佐（スパイ）バンコランやその愛人マライヒ等を巻きこんで起こす騒動を描く。舞台はマリネラ王国だけでなく、バンコランやマライヒの住むロンドンも多用されている。

文庫２９巻第１話、１９９１年１０月号の別冊花とゆめ掲載のエピソードではバンコランとマライヒが高界による第一次試験的同性間出産計画の被験者とされておりバンコランとの子供を妊娠、一度の流産を経たのち息子フィガロを産んだあとＭ、バンコラン宅に親子三人で同居している。バンコランの浮気が発覚してマライヒは家出してパタリロのもとに身を寄せる…という展開になる。

　浮気の発覚の仕方も生々しいものでレディースコミックなのかと思ってしまう。

　法的問題としてはバンコラン・マライヒのカップルは、同性婚や異性婚として家族法的に保護されるべきなのか、保護されない恋人どうしの痴話喧嘩にすぎないのか、バンコランはマライヒに対して家族法的な貞操義務はあるのか、という問題である。

　バンコランはイングランド国籍であるが、マライヒの国籍は明らかでない．ＭＩ６が同棲を黙認しているのであるから、イングランドの敵国ということではなさそうである。

イギリスでは、2004年に「シビル・パートナーシップ法（Civil Partnership Act）」が制定され、同性カップルに限って婚姻に準ずる法的関係を築けるようになった。「結婚（marriage）」という言葉は使われていない。

その後、社会の価値観が変化する中で、婚姻における完全な平等を求める声が高まり、2013年には「婚姻（同性カップル）法（Marriage (Same Sex Couples) Act 2013）」が議会を通過。翌2014年3月には、イングランドとウェールズにおいて、同性カップルが法的に結婚できるようになった。

スコットランドでは同年12月から同性婚が認められ、北アイルランドにおいては長く反発が続いたものの、2020年についに同性婚が合法化され、イギリス全体で結婚の平等が実現した。

　１９９１年段階では同性婚としての保護はない。

　マライヒは少年として育てられているが、出産可能であり、性自認を女性としたうえでバンコランと男女間の婚姻はできないのか。

　トランスジェンダーは肉体と精神の姓認識の齟齬であるが、マライヒに関知れは齟齬はないのである。

１９７２年、スウェーデンが初めて法的にID上の性別を変更することを認め、以降、欧米の各国で、性別変更を承認する制度が整備されていった。日本でも２００４年に性同一性障害特例法が施行された。同じ2004年にイギリスで成立した「性別承認法」では、初めから性別適合手術は必須要件ではないが、日本では必須要件とされている

トランスジェンダールートでの生別変更は１９９１年段階ではきびしそうである。

そこで、最初から女性ということにし、バンコランと結婚可能ということにすれば、事実婚状態でもバンコランはマライヒに貞操義務を負うことになる。

　第１子の妊娠出産と夫の浮気自体はよくある事件ではあるが、バンコランの浮気相手は少年であり、婚外子ができないタイプの浮気なので、子を産んだ正妻の地位は脅かされにく状態ではある。

マライヒがバンコランの浮気相手に対して損害賠償請求ができるかであるが、性犯罪にあたるものを暴露することになるので、たとえ損害賠償が認められる法制下であっても、権利行使は困難であろう。