第2話 おじさん剣士、王都へ

 野を越え、山を越え。

 ようやく俺は、都会に……メルガリア王国の中心にある都市、王都ガリアにたどり着いた。

 周囲を頑強な城壁に囲まれた、巨大な城塞都市だ。

 都市の北側には険しい山がそびえ立ち、その麓には大きく立派な城が建っているのが見える。


 久しぶりだな。王都に来るのは。

 山奥でのんびり生活していた俺だが、たまに人里へ降りてみる事はある。

 前に王都に来たのは……五年……いや、一〇年前ぐらいか? 

 あの時は、何の用事で来たんだっけ? 細かい事は忘れたが、王都中の安い店を食べ歩きした覚えがある。


 だが、今回は少し、状況が違う。

 今の俺は帰る家をなくしてしまった宿なし状態なのだ。

 早いとこ、新しい住居を確保しなければならない。俺に建築のスキルがあったのなら、自力で新しい家を建てたのだが。


 王都の南にある入り口は解放されていた。

 ここの城壁は、モンスターの侵入を防ぐためのものなんだ。なので、人間であれば、よそ者だろうと出入りは自由となっている。

 一応、門番の兵士はいるし、あまりにも怪しい人間だったら止められるだろうが、幸いにも俺は通してもらえた。


 王都に入ってみると、街の中心を走る広々とした大通りは、沢山の通行人であふれていた。

 自分以外の人間が大勢いるのを見るのはかなり久しぶりで、俺はなんだか妙な気分だった。

 世の中には、こんなに沢山の人間がいるんだな。山奥には俺しかいなかったのに。

 みんな、なにが目的で、どこへ向かって歩いているんだろう? 実に不思議な光景だ。


 ……いや、久々に目にする都会の様子に驚いている場合じゃないよな。

 俺は、新たな住居を確保しなければならないんだ。

 とりあえずは適当な宿屋に泊まるとして、よさそうな住居を探してみるか。

 それから、当面の生活費を稼がなくちゃいけない。

 まあ、そっちはどうにかなるか。『冒険者ギルド』へ行けば、それなりに稼げる仕事がもらえるはずだから。


 適当な宿屋を見付け、泊まる手続きを済ませておく。

 日が傾く前にやるべき事を済ませておこうと思い、俺は街の片隅にある、冒険者ギルドへと向かった。

 幸い、ギルドは今も昔と同じ場所に存在していてくれた。潰れていたり、移転していたりしていなくて助かったぜ。

 建物に入り、受付に行ってみると、金髪の美人のお姉さんが応対してくれた。


「いらっしゃいませ、当ギルドへようこそ。お見かけしないお顔ですが、他所から来られた方ですか?」

「ああ、どうも、はじめまして。ここに来るのは、一〇年ぶりぐらいかな?」

「まあ、そうなんですか。では、冒険者の登録証はお持ちではないのでしょうか?」

「登録証? いや、そういうのはないな……」


 しばらく来ないうちに、新しい規則みたいなのができていたらしい。

 ギルドで仕事をもらうには、ギルドのメンバーに登録する必要があるんだとか。

 昔はそんなのなかったんだがな。誰でも、それこそ街の人間じゃないよそ者でも、ここへ来れば仕事がもらえたんだが。

 しかし、それがルールなら仕方がない。ちょっと面倒だが、登録証とやらを作ってもらう事にしよう。

 登録用の書類に氏名を記入、住所の欄はなにも記入しなかったが、特になにも言われなかった。


「はい、それではステータスを計測しますので……こちらに手をかざしてくださいね」

「?」


 受付の女性が、カウンターの上におかしな機器を出してきて、俺は首をかしげた。

 金属製の、細いツタのような物体で形成された台座に、丸い水晶のようなものが組み込まれている。

 このおかしな機器で、対象者のステータスとやらを計測する事ができるらしい。

 また知らないルールが出てきたぞ。どうやら個人の能力を調べるみたいだな。

 よく分からないが、それが必要なのだとしたらやるしかあるまい。言われた通りに、右手を機器の水晶にかざしてみる。


 水晶が鈍い光を放ち、緩やかに回転を始めた。

 やがて回転が止まり、水晶の裏側、受付の女性が見ている方へ、文字盤のようなものが浮き出ていた。


「ふむふむ……職業は、剣士。ステータスは……計測不能? えっ、どうして? 故障でしょうか?」

「?」


 よく分からないが、機器に不具合が出たようだ。

 俺の職業は計測できたみたいだが、それ以外の詳しい情報が得られなかったらしい。

 なんだ、残念だな。俺の実力がどの程度のものなのか分かるんじゃないかと思ったのに。

 まあ、どうせ、それほど大したものではないんだろうけど。


 俺の家系は、失われた剣技を代々継承している剣士の一族だ。

 この世に生を受けてからずっと、俺は先祖代々伝わる剣技を修得するように努めてきた。

 剣の師匠である祖父が他界した後も、修練を続けた。一応、免許皆伝の腕前ではないかと思う。

 だがしかし、所詮は失われた剣技だ。いくら極めたところで、今の時代では通用しないだろう。


 ステータスとやらを計測したとしても、人並み程度が関の山だと思う。

 もしかすると、剣士としてはそこそこ高いレベルなんじゃないかと期待したんだが……。


「うーん、なぜか計測できないですね。機器の故障でしょうか?」

「直らないのか?」

「このような事態は初めてで……計測器は修理してもらうとして、冒険者の登録は……できないとお困りですよね」

「そうだな。できれば急いでほしい」

「うーん、それでは……とりあえず、Fランクの冒険者で登録するという事でいかがでしょう? 計測器が直り次第、測定し直しますので、それまでの繋ぎという事で……」


 冒険者にはAからFまでのランクがあるらしい。

 つまりFランクというのは、最低ランクの冒険者か。そいつは残念すぎるな。

 しかし、登録できないという事になったら困るし、ここは彼女の提案に乗っておくか。


「……仕方ないか。それでいいよ」

「す、すみません! 一刻も早く修理してもらいますので、どうかご容赦くださいませ!」


 申し訳なさそうに頭を下げる受付の女性に、なんだか恐縮してしまう。

 機器の故障なら仕方ないよな。彼女に責任はないんじゃないか。

 まあ、どうせ、久しぶりに都会に出てきた田舎者なんだし、最低ランクからのスタートで丁度いいか?

 なんて思っていると……。


「どうかしたの、ミリアン。なにか問題でも?」

「あっ、シェリルさん! い、いえ、問題というか……こちらの不手際でして……」


 そこへ見知らぬ人物が現れ、俺の隣に並び、受付の女性に声を掛けてきた。

 まだ若い、一〇代後半ぐらいだろうか。艶やかな長い黒髪をなびかせた、すごい美人だ。

 濃紺のノースリーブワンピースを着ていて、大きく盛り上がった胸部の左側を金属製の胸当てで覆っている。腰には長剣を差していて、剣士である事が分かった。

 さすがは都会、荒くれ者ばかりというイメージがある冒険者ギルドに、こんな美人がいるなんてな。

 思わず見とれてしまいそうになった俺の顔を見つめ、シェリルと呼ばれた美少女は、ハッとした表情を浮かべた。


「……」

「?」


 なんだ? 俺の顔になにか付いて……。

 あっ、もしかして、あまりにも都会にそぐわない田舎者丸出しの姿だから驚いたのか?

 参ったな。一応、焼け残った衣服の中でも一番上等なヤツを着込んできたんだが……。

 都会の人間からすると流行遅れもいいところなのかもしれないな。お上りさんって事で見逃してくれないかな?

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