第11話 親子喧嘩

 すこし掠れた、ディの声。


 目を覚ましたディは、辛そうな顔で、けれどたしかに僕の名前を呼んだ。


 よかった……! 本当に……。


 僕はディが目を覚ましたことを心の底から安堵し、引き続き身体に魔力を注ぎ続ける。そして、彼女に優しく声をかけた。


「ディ。調子はやっぱり、まだだいぶ悪い?」


「う……む。悪いのは悪いが、だいぶマシじゃ。ディの暖かい魔力が、吾の魂の傷を埋めてくれる……」


「そっか……よかった。これ、いつまで続ければいいのかあんまりわかんないけど、とりあえずしばらくやるから。……だって、ディ……僕聞いたよ。ディは僕を逃がすために世界樹から離れてこうなったって」


「それは……」


 僕の問いかけに、ディは苦しいところを突かれたと唸る。なんと答えようか迷っているようだったけれど――。


 突然、ディが目を見開いて身体を起こした。


「わっ! ちょっとディ、急に起き上がっちゃ――」


 制止する僕の声も聞かず、ディは驚きの声を上げた。


「――母……陛下!? どうしてこのようなところに……!」


 本当にびっくりしたようで、口元からよだれが垂れているのにも気が付いていない。小声で教えてあげると、顔を赤くし急いで口を拭った。


 ディはどうも反応の悪い女王に、もう一度問いかける。


「陛下……! たしかに吾と違って少しくらい世界樹を離れても身体は大丈夫かもしれぬが……世界樹の管理者が、誰も城に残っていないのはまずいのじゃ! どうして――」


 おや。たしかディは世界樹を操作できるのはハイエルフの特権と言っていたけれど、そのハイエルフが全員城を空けるのはまずいことらしい。


 女王サマ、やっぱり……。


 そんな僕の思考を読んだわけじゃないだろうけれど。女王がディに対して苦々し気に答えた。


「お前が……気にすることではない。我には我の考えがある」


「……」


 ディはそんな女王に疑わし気な目を向ける。互いに鋭い視線を向け合い、なんだか場は険悪な雰囲気に……。周りの近衛兵たちも気まずそうな表情をしている。


 しかも。この状況に、さらに火を注ぐように。――女王がディへとげとげしく言った。


「そんなことは置いておいて。我が娘よ……よもや、ニンゲンの魔力を受け入れていたとは。他所に伝わりでもすれば、この森始まって以来の醜聞だぞ。例の呪いのことも知らぬわけではあるまい!」


「っ……!」


 呪い……? 僕は女王の言葉に首を傾げるけれど、それよりも。


 ディが、女王から叱責に近いことを言われた直後、ぎり、と歯を食いしばる。


 そして――――これまでため込んでいたものが噴出したように。


 ディが、吠えた。


「――母上が……そうさせたんじゃ!」


「な……」


「なんじゃ、今さら! ハイエルフはハイエルフらしくとでも言うつもりか!? そんなこと、吾は誰からも教わっておらん! 母上からも……!」


「そんなこと……言うまでもないだろう! ニンゲンとエルフがその魂を繋げるなど、あってはならぬことだ!」


「だったら、母上がそうならぬようきちんと吾を見張っておくんじゃったな! 母上にとっては頭を抱えることじゃろうが……吾は、見つけたぞ! ――アインこそが、この世で唯一、吾の伴侶にふさわしい男じゃ……!!」


 ええええええ。なになに、話が急展開過ぎる! どういうこと!?


「ディ、ディ、ちょっと今のどういうことっ?」


 思わずそう口を挟んで、僕はディと女王のふたりから同時に睨まれる。


「「――今は家族で話しておる! すこし、黙っておれ!」」


 ひえええ。


 怯える僕を尻目に、ふたりはさらにヒートアップして、激しく言い合いを続ける。あ、割って入ろうとした近衛兵が睨まれて跪いた……。


 僕はもう、いろいろ衝撃な発言はいったん忘れることにして、互いのことを責め合うふたりを見守る。どちらも顔を赤くして、まさに頭に血が上ったという感じだけれど……。でも、もうこれ……。


「エルフのことは、この我が誰よりも知っている! 我が娘は、母の言うことを聞くべきなのだ!」


「うるさい!」


「なっ!?」


「さんざんほっぽっておったくせに、母上の言うことなど今さら聞くものか!」


 ――これ、もうただの親子喧嘩じゃん。近衛兵の前なのに、ディもさっきからずっと母上呼び出し……。


 僕は声に出さずにぼやく。


 そう。はたから見たふたりは、ちょっとうまくいっていない家庭の親子喧嘩という感じで。これまでディから聞いていた、女王から愛されていないだかなんだかいう話も、これを見たら心配ないんじゃないかと、そう思ってしまう。


 もしかして、女王サマ。これまでずっと、さっきディが目覚めた直後みたいな感じで接してたのかな。


 「他所に伝わったら醜聞」なんて、たしかに言葉面だけ聞くとディのこと考えてないように聞こえるけど……僕が女王サマと話してた限り、分かりにくいけど、たぶんちゃんと親として心配してそうなんだよね。


 だとしたら……ちょっと女王サマ、不器用過ぎだよ……。


 そう、僕は呆れてしまう。


 確かに、女王には何か複雑な思いがありそうで。人間に殺されたお父さんとか、話をややこしくさせている要素はあるんだろうけど。


 でも。未だに言い合いを続けるふたりを見て、僕は思うのだ。


 ――たぶん、このふたりはもう大丈夫。


 だって。


「――我は、我が娘の――――ディのことを思って言っているのだ!」 


 ほら。女王の台詞を聞いて……ディも、目を丸くさせている。こんなことを言われると思わなかったと、その顔に書いてあるようだ。


 ただ、誤魔化されないぞとばかりに、また言い合いに戻ってしまったけれど……。


 でも、やっぱり今のやり取りを見ていたも分かる。このふたりはもう、大丈夫だと。


 欲を言えば、誰かふたりともを理解している人が、間に入ってあげさえすれば……。


「――だったらもう、吾は森を出ていく! アインと一緒に行くのじゃ!」


「何を言っている! そんな……そんなこと、お前の母として許しはせぬぞ!」


 だ、大丈夫だよね……?


 僕はたらりと冷や汗を垂らしながら。いつまでも終わらない親子の言い合いの前で、いつ止めに入ろうかとおろおろするのであった――。




 そうして。僕の種族バレを発端とした騒動は、いったんの幕を下ろす。


 僕の扱いは相変わらず微妙なままだけれど、ひとまず処刑は免れた。さらに、しばらくはディの治療役として森への逗留さえ許されたのだ。


 ……あとは。副産物と言っていいか分からないけど、ディと女王が前よりちょっと近づいた気がする。ふたりともそのことに言及はしないけれど……でも、分かるのだ。


 ディは、ちょっと明るくなった。


 今までディがひとりでいるところを偶然見つけたら、だいたいいつもつまらなそうな暗い顔をしていたのに。今はもう、そんなことが無くなった。


 その理由を聞いてもはぐらかされるし、女王の話を出そうものなら、またあの親子喧嘩のときのように文句が出てくるけれど。


 でも、明らかにこれまでとは何か関係性が変わったのだと、部外者の僕が見ても分かる。


 ……今までの女王の態度は、決して褒められるものではなかった。ディのことをちゃんと娘として受け入れて、親としてあるべき行いをできていなかったのだろう。


 けれど。


 だったら、これから頑張ればいいのだ。


 だって、エルフは僕なんかよりずっと長い寿命を持っている。ディはもう百四十歳だと言うけれど、そんなのエルフの寿命から見たらまだ子どもらしいし。


 だから、僕は。許される限り、ここで彼女たちを見守ろうと思う。


 あの不器用な親子が、いつか仲良く手を取り合って、笑い合える日が来るその日まで――。




―――

これで1章完結です。また、この作品自体をいったん完結扱いにしようと思います。


ここまで読んでくださったみなさん、ありがとうございました!



P.S.

女王の心情は、いつか閑話とかで書いてみたいと思ってます。まあ……悪いのは女王ですけど、彼女も彼女なりに思うところはあったという感じです。

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エルフはヒトを愛せない 〜極めた魔法でエルフ助ける ⇒ ハート目エルフ量産 ⇒ 僕が人間と知って曇る~  クー(宮出礼助) @qoo_penpen

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