第10話 決着
もう、勝負はついただろうと。
そう僕が告げても、女王は頑なだった。
「我に、近づくな……!」
もはやなりふり構わず、召喚獣なり魔法なりを乱発するけれど、どれも僕には届かない。
もしも女王の持つ始原律が、敵に雷を落とすといったものでなかったなら。例えば、雷が落ちるという過程を省いて『任意の対象の身体を感電させる』といったものだったなら。
その時は僕と女王の始原律が競合することとなり、基本的にその持ち主の力量――魔法的な格によって決する。だから、ハイエルフという長い時を生きる女王相手では厳しかったかもしれない。
けれど……。
結局、今日ここで勝ったのは、この僕だ。
僕は女王のすぐ眼前へと立って、身に降りかかる魔法を打ち消しながら言った。
「もう終わりです。そんなの、女王サマにだってわかってるはず」
「く……!」
「だから。……約束通り、いまは僕のことは置いて、ディをみてあげてください」
僕の言葉に女王は顔をうつむけ、ぎり、と歯を鳴らす。そして、忙しなく魔法を放っていた腕を、力なく地面に向けた。
これで、諦めてくれたかな……?
僕は女王の様子をうかがいながら、彼女に言った。
「じゃあ……。ディのもとに、行きましょうよ。近衛兵さんたちも動けるようにしますから」
そう言った直後。僕は女王の後ろの近衛兵たちを自由にする。それと同時に、女王も僕も、この世界を塗りつぶしていた自分たちの世界を解いた。
辺りに夜の森の静けさが帰ってくる。
「――陛下……!」
「そんな……まさか陛下が……」
近衛兵たちは女王を心配し、僕に対して魔法の照準を合わせかけるも、そのとき。
「……もう、よい」
「え……?」
力ない声で女王がそう言って、ゆっくりと顔を上げた。
女王は僕を見ると、眉間にしわを寄せ、目をつぶる。そうして、唐突に歩き出すと、対峙する僕の横を通り過ぎていく。
振り向いた僕の視線の先では、女王がディの眠る小屋へと進んでいくのが見えた。
続いて、慌てた近衛兵たちが走って後を追うのを見て、僕もその後ろからついていく。
どうなることかと思ったけど……良かった。これで、ディも。
いまだ小屋の中では、わずかに揺れる魔力を感じる。すぐにどうにかなることはないだろうけど、やっぱりディはまだ苦しんでいる。
不毛な戦いだったかもしれないけど、これでやっと。
僕は女王を追いながら、でも、と。さっきの女王の台詞をにわかに思い出す。
女王は言っていた。「あの人の忘れ形見」と。
――あの人というのが、亡くなったディのお父さんのことだとすると。……忘れ形見と言うのはディ。
やっぱり女王サマも、ディのことどうでもいいなんて思ってるわけじゃない? 普通の親子みたいにはできない、なにか理由があるのかもしれないけれど……。
それでも。こうしてディを助けてもらえれば、ふたりの溝も少しは埋まるかもしれない。
僕はこっそりそんな期待をしながら、小屋に入っていった女王を追う。
中には女王と護衛数名が入って、近衛兵の大部分を外に残したらしい。僕は彼らにじろりと睨まれながら、肩をすぼめて小屋の中に入る。
そして、すでにディの様子を見ていた女王の姿を目にした。
女王は浅い呼吸のディをじっと見て、ぽつりと呟いた。
「魔力が……濁りきっておる」
その声色は、僕が事態の深刻さを認識するのに十分なものだった。
女王はディから視線を切ると、周囲の近衛兵らに命じた。
「――この小屋を、すぐに我らの魔力で満たすのだ! 我が娘の魂はすでに傷ついておる!」
「――!」
目を見開いた近衛兵たちが、指示通りにエルフの膨大な魔力を垂れ流し始めると同時。
女王は小屋の大きさに合わせて結界を張ると、自らも魔力を放出してその中を満たし始めた。
――……女王のこの焦りよう。もしかして、ディはかなり状態が悪いの……?
不安になった僕は、その顔に焦燥感を浮かべた女王に、ためらいながら声をかけた。
「あの……女王サマ。ディはいま、どういう状態なんですか? 治るんですよね?」
問いかけた僕に、きっ、と鋭い視線を向け、女王は答えた。
「典型的な、魔力酔いだ……! 我らハイエルフに必須の、不純物のない魔力――それがこの娘の身体にほとんど存在していない……。貴様をつれて城を――世界樹を離れたのが原因だ……!」
「え……。僕の、せい……?」
「……だが、この短時間でこれほど悪くなるはずが……。いったい、どうして」
ディの不調の原因。それが僕だと告げられた衝撃で、一瞬あとに続く言葉が入ってこなかった。
けれど、少しして。女王の言葉を頭の中で理解した瞬間、僕は告げていた。
「そういえば……僕が奴隷に捕まったディを助けたあのとき。あそこまでぐったりしてたのは、ただひどい環境で囚われてたからかと思ってたけど……」
「……それだ。まだ……あの時の負荷が抜けきっていなかったのだ」
女王はそう言いながら、険しい顔で変わらず魔力を放出し続ける。
「く……まずは一度意識を取り戻させねば。魔力の吸収がゆるやかすぎる。一度無理にでも世界樹の元まで移動させるか……? しかし、そもそも魂に傷が入ってしまっていては……」
女王は思考を巡らせていえるようだけれど、有効な対策が思いつかないらしい。歯がゆそうな様子で、いまは濃密な魔力をディにまとわせている。
こんな状況を生み出すきっかけになった僕は、大切な友だちを助けるため、なにかできることがないか必死に考える。たしか一年前のあの時も、森までの道中ディはかなり辛そうで、何かできないかと尋ねて――
「――そうだ。あのときはたしか……ディに言われて、僕の魔力を身体に流し込んであげたんだ。そしたらディはちょっと元気になって……」
純度の高い魔力。僕の魔力がそうなのかは、分からないけれど。それでも、なにか少しでもヒントにならないかと、僕は女王に告げた。
「あの……! もしかしたら、ディの状態をちょっとは良くできるかもしれないです!」
「……なに?」
「一年前。おんなじようになったディに言われて、僕の魔力をディに向けて流したんです! そしたら、初めよりずっと調子も良くなったみたいで」
胡乱気な視線を向けてきた女王は、しかし僕の言葉を聞いて目の色を変えた。
「それは……まさか」と。信じられない……信じたくないことを聞いたように言葉を溢すと、やがて女王は額に手を当てうつむく。
何かまずいことを言ったのかもと、一瞬そう思ったけれど。それでも僕は、そんなことよりいまはディのことだと、構わず女王に言い募る。
「このままじゃ、ディ、まずいんですよね? それに、他に取れる手もなさそうで……。だったら! こうして周囲に満たすだけじゃなく、女王サマがディに直接魔力を――」
そう、必死に思いを伝えようとして。
けれど、意外なことに。
女王は僕の言葉を遮って言った。
「――貴様が」
「え……?」
「我ではなく。……貴様がやるのだ」
そう、女王から告げられて。どうして自分でやらないのか……人間の僕が処置することを許すのかと、僕は驚いてしまう。
けれど、やっていいって、そう言うのなら。
「わかりました……!」
僕は近衛兵たちの間を通り、女王のディが横たわるベッドまで歩み寄る。ベッドの真横に控えていた女王が場所を開けてくれたから、代わりに僕がディの頭のすぐ横へと立つ。
そして、一年前のあのときと同じように。僕は、横たわるディの手を取った。
「ああっ……殿下に……」
なにやら後ろで近衛兵がざわついているけれど、すぐ近くで監視するように見てくる女王は何も言わない。
だから僕は、あのときディに言われたように――握った手のひらから、ディに向かって魔力を注ぎ込んだ。
僕とディの手が淡い光に包まれる。直後、僕からディへ、音を立てるように魔力が流れこむ様を幻視する。
そうして……。
ぴくりと、閉じられたディの瞼が動いたかと思うと。
「――……ん。……アイ、ン?」
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