第2話 糾弾

「貴様……ニンゲン、だと? 我らをたばかったか……!」


 飛び退き、こちらを睨みつける女王。控えていた近衛兵のエルフたちが、すぐに宙を飛んで僕たちの間に割り込んでくる。


 ……お~、無詠唱の飛行魔法。これできる人間の魔法士ぜんぜんいないんだよね。僕はできるけど。


 と、現実逃避をしている暇もなく。


 近衛兵たちは汚いものを見る目で僕を睨んで、照準を合わせるように手を向けてくる。


「陛下はこのままお下がりください! 我らはこの不埒者を……!」


「塵も残すな!」


 ちょっとちょっと……! たしかにエルフが人間を毛嫌いしているのは知ってるけど、僕べつに自分から悪いことはしてないからね!? まるで今から殺そうというような……。


 そんな焦りに、思わず両手を前に出し、いつでも防御魔法を使えるよう魔力を励起させる。


「くッ、抵抗するつもりか……!」


「――違う違う! これ盾ね! 盾! 攻撃ちがう!」


「小癪な……! なんと滑らかな魔力操作! いったいどこの刺客か……!」


 だめだ、この人たち僕の話なんにも聞かない。こんな状況でもエルフに褒められてうれしい自分が憎い。


 ……これは、いよいよ空飛んで無理やり逃げるしかないか、と。そう腹をくくりかけたその時だった。


 僕と近衛兵しかいない丘の上に。すっと宙を滑り、姿を現す小さな人影がひとつ。


 その人影は、僕と近衛兵たちの間に降り立つと、近衛兵たちに背を向け僕を見る。


「あ、危ない! お前たち、魔法は撃つな! ――殿下が来られた!」


 そう、殿下。すなわち――青き息吹の森の次期女王、ディティアルトゥーレ。


 彼女――ディは、全身から怒りとともに魔力を立ち昇らせ、厳しい目つきで僕を睨む。魔力の勢いは物理的な圧すら生み出し、母親譲りの白金の髪がその華奢な肩口で揺れた。


 その幼い体躯に見合わない魔力量……。さすがはエルフの貴種、ハイエルフだ。惚れ惚れするよ。


 ……なんてことを思っている場合じゃないね、これ。


 その迫力に冷や汗を流しながら、取るべき行動を吟味していた、その時。


 ――ディの、その小さな口が動いた。


「……じゃろ」


「え……?」


「うそ、じゃろ……? アインが人間だなどと……そんなことあるわけない。そうじゃろう、アイン……?」


 ディの幼さを残しながらに完成されたその顔は、しかし眉根を寄せて、目じりは下がり……。耳にした言葉を信じられないと、顔全体で表現している。


 そこには、よく僕をからかって悪い顔で笑ういつものディはおらず、ただ目の前の現実を受け入れられない子どもがいた。


 けれど。いくら嘘だと叫んでも、現実は変わらない。だって僕は、どんなになりたくともエルフじゃなくて、人間なんだから。


「ディ……。僕は――」


「そうじゃ! いつもわれがアインをからかっていたから……その意趣返しじゃな!? そうじゃ、そうに違いない――!」


「……ディ」


「じゃ、じゃったら、おぬしによく伝えておらんかった吾が悪かったっ。知らなかったのかもしれんが、この森は過去何度も人間どもに困らされてきた。他の森より、人間への憎しみはよほど強いのじゃ! だからここでそんな嘘を吐いたら――」


「――ディ! 聞いて」


「吐い、たら……」


 自分を誤魔化すように痛々しく言葉を連ねていたディは、やがて力なく口を止める。


 そして最後は項垂れながら、上目遣いで縋るように僕を見る。


 だから、僕は。言いたくないけど、言ったんだ。


「僕は紛れもなく、人間だよ……。まさか、気づかれてないとは思わなかったんだ……」


 そうして、僕たちは互いに黙り込む。この針のむしろのような沈黙が、いっそう僕を責めたてているようだった。


 やがて。


「なんでじゃ、アイン……。吾は……吾らは、ずっといっしょにおると……」


 ディは僕に恨めし気な視線を向けると、やがては力なく俯く。絞り出すように、深い悲しみのこもった言葉をこぼして。


 そのうち、僕たちの様子を伺っていた周囲――娘を案じた女王と、手を出す機会を伺っていた近衛兵が、動きを見せる。


 女王の指示で、近衛兵のひとりが失意のディを後ろから抱えこんだ。そして僕をひと睨みし、そのまま連れ去っていく。


 去り際、ディは項垂れたまま「ぜったい殺すな」とたしかに言って、そして姿を消した。


 ……その後は、なんというか。


 あれほど懐かれていたディからこんな反応を受けるとは思わず、僕も落ち込んでしまった。


 ついでに、過去僕が助けた子たちが何人も丘の上に殺到し始め、口々に僕を糾弾したり、狂ったように怒ったり、果ては号泣されたり。


 そうして、気づいたら。


 ……すっかり消沈した僕は、抵抗もしないでいると近衛兵に荒々しく捕縛され。


 そのまま、城の中の牢に入れられ、女王の沙汰を待つ虜囚となってしまうのだった。



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