第十八話:機械仕掛けの挑戦者、アルゴリズムの鉄槌

Solitary Roseと過ごした公園での時間は、俺、相馬海斗の心に、これまで感じたことのない温かい光を灯していた。彼女のツンとした態度の裏に見え隠れする優しさや、FXに対する真摯な姿勢。その全てが、俺の中で彼女の存在を特別なものへと変えつつあった。その想いは、FXへのモチベーションをさらに燃え上がらせ、日々の修行にも一層熱が入る。

「海斗、顔つきが変わったな。何か良いことでもあったか?」

高柳師匠は、俺の心の変化を敏感に感じ取っているようだったが、深くは詮索せず、ただ静かに次なる相手について語り始めた。

「次のお前の相手は、四天王が一人、『アルゴリズムの魔術師』じゃ。奴の武器は、お前のような人間の裁量ではない。冷徹無比なる機械の論理、EA(自動売買プログラム)じゃ。機械は心を持たぬ。だが、それ故に一切の迷いも恐怖も持たぬ。お前のMAと、お前自身の『心』が、その完全なる論理にどう立ち向かうか…見ものじゃな」

その日から、俺はEAについて猛勉強を始めた。師匠から、EAの基本的なロジック――トレンドフォロー型、カウンタートレード型、レンジ相場特化型など――や、そのメリット(24時間ノンストップでの取引、感情の完全排除、人間には不可能な高速取引)、そしてデメリット(突発的な相場変動への対応の遅れ、過去データへの過剰最適化による未来での機能不全のリスクなど)について叩き込まれた。

Solitary Roseが教えてくれた「アルゴリズムの魔術師」という情報も、彼の戦い方を予測する上で大きなヒントとなった。彼女との会話の中で垣間見えた、市場の「歪み」や「非効率性」といった概念が、EAのロジックの隙を突く鍵になるかもしれない、と俺は漠然と考えていた。

そして、「狼たちの牙」バトルプラットフォームに、次なる四天王がその姿を現した。

ハンドルネームは「ユニット731」。アバターは、表面に無数の幾何学模様が明滅する、完全な球体。一切の有機的な要素を感じさせない、冷たい金属光沢を放っている。

チャットウィンドウでは、その名が出た瞬間から恐怖と絶望の声が上がった。

『出た…人間狩りのユニット731だ…!』

『奴のEAは自己進化するらしいぞ…過去の対戦相手のデータは全て喰われてるって噂だ』

『感情があるだけ無駄。俺たちの心が、奴の利益に変わるんだ…』

ユニット731は、チャットウィンドウにシステムメッセージのような無機質なフォントで、ただ一言だけ表示させた。

【ERROR: Human emotion detected. Analyzing optimal extermination protocol.】

(エラー:人間の感情を検知。最適な駆除プロトコルを分析中。)

その言葉は、冗談めかしているようでいて、底知れない不気味さを漂わせていた。

ミニイベント「機械との対話」、KITE 対 ユニット731の戦いが始まった。対戦通貨ペアは米ドル/円。日本のトレーダーにとって最も馴染み深く、それ故に人間の心理が複雑に絡み合いやすい通貨だ。

開始のゴングと同時に、ユニット731のEAは、まるで水を得た魚のように、あるいはプログラムされた殺戮機械のように、米ドル/円のチャート上で人間には到底不可能な速度と頻度でマイクロトレードを繰り返した。数pipsの利益を確実に、ミリ秒単位で刈り取り、わずかな損失の兆候が見えれば即座に損切りする。その動きには一切の躊躇も迷いもなく、ただただ冷徹なまでに効率的だった。

俺の20SMAは、そのEAが作り出す細かく、しかし一貫性のあるサインの前に、有効なシグナルを出す間もなく翻弄された。MAが示す緩やかなトレンドの方向へエントリーしようとしても、EAが作り出すノイズのような短期的な反対売買によって損切りラインに引っかかったり、利益が出る前に微益で撤退させられたりする。

「これが…アルゴリズムの力か…! 人間の判断や感情が入り込む隙間が、全く見えない…!」

俺は、かつて感じたことのない無力感に襲われていた。師匠に叩き込まれたMAの読み、フィボルトから学んだチャートパターン、高遠から得たファンダメンタルズの視点、その全てが、この無慈悲な機械の前では色褪せて見える。

証拠金はじりじりと、しかし確実に削られていく。俺は必死にEAの動きのパターンを読もうと試みる。トレンドフォローなのか、逆張りなのか、レンジなのか? だが、そのロジックはまるでカメレオンのように変化し、一つのパターンに当てはめようとすると、すぐに裏をかかれる。

Solitary Roseも、この戦いを観戦リストに入れていた。彼女はチャットで何も発言していなかったが、そのアバターは静かに戦況を見守っている。彼女は、この機械の怪物に、俺がどう立ち向かうと思っているのだろうか…。

絶望的な状況の中、俺はただチャートと、そしてユニット731のEAが生み出す無数のトレードログを睨み続けていた。その時、ふと、ある種の「違和感」に気づいた。

それは、EAの完璧に見えるトレードの中に潜む、ほんの僅かな、しかし確かに繰り返される「癖」のようなものだった。特定の経済指標が発表された直後や、市場のボラティリティが急激に変化した瞬間、EAの反応が一瞬だけ硬直するような、あるいは逆に、普段よりも過剰に同じ方向へポジションを積み増すような動き。それはまるで、高度なプログラムが予期せぬ入力に対して、一瞬だけ思考停止するか、あるいはパニックに陥っているかのようにも見えた。

(この動き…もしかして、これが機械の「呼吸」の乱れ…? 人間にはないはずの「感情」のようなものが、ロジックの歪みとして現れているのか…?)

俺の目に、再び闘志の火が微かに灯った。機械の完全なる論理の裏に隠された、プログラムの限界。それを見つけ出し、MA一本でその隙を突くことができれば…!


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