第4話 ヘッドショット

 

 陽太の指先から、今度は先ほどよりも強く、鮮やかな光の弾丸が放たれた。

 それは一直線に、寸分の狂いもなく、デッサン人形の首の断面へと吸い込まれていった。


 シュゴォォォ……!


 光が命中した瞬間、人形は大きくのけぞり、全身から目も眩むような淡い光が溢れ出した。

 ギシギシ、ミシミシと、木材の軋む音が激しく鳴り響き、やがてそれは苦悶から解放へと変わるような、穏やかな音色へと変化していく。


 光の中で、陽太たちには一瞬だけ、その首無しだったはずの人形に、美しい青年のような穏やかな顔立ちの頭部が現れたように見えた。その表情は、どこか満足げで、安らかだった。


 次の瞬間、光はふっと消え失せ、デッサン人形は力なくその場に崩れ落ちた。

 ただの、動かない木の塊となって。

 先ほどまでの不気味な気配は完全に消え失せ、部室には夕暮れの静寂だけが戻ってきていた。


「……終わった……のか?」


 陽太は、ぜえぜえと肩で息をしながら、その場にへたり込んだ。全身の力が抜け、指一本動かせそうにない。


「……神楽坂君……あなた、一体……」

「陽太……あんたなんなの……」


 亜樹が、信じられないものを見るような目で陽太を見つめている。その顔には、恐怖と、ほんの少しの畏敬のようなものが混じっていた。


「ひっく……うわああああん! よ、陽太くーーーん! あ、ありがとう……! 怖かったよおぉぉ……!」


 太一は、緊張の糸が切れたのか、その場で子供のように大声で泣きじゃくり、陽太に抱きついてきた。もちろん、陽太はそれを全力で振り払ったが。


「……現象の完全な鎮静を確認しました。人形からは、いかなる負のエネルギーも感じられません」


 静は、いつもの冷静さを取り戻し、手にしたタブレットに何事かを記録しながら言った。


「お、俺……何したんだ、一体……?」


 陽太は、自分の右手を見つめながら呟いた。まだ、指先がジンジンと痺れているような気がする。

 実感は全くない。ただ、訳も分からず指鉄砲を撃ったら、なんか解決しちゃった、としか。




 数日後。

 旧視聴覚準備室、もとい、(非公式)オカルト同好会の部室には、相変わらずの四人がいた。


 雰囲気は、以前と変わらずどこかだらけている。……が、ほんの少しだけ、何かが違っていた。


「今回の件をまとめ、『禍奇(まがき)事例ファイルNo.1 首無しデッサン人形』として保管します」


 静が、真新しいファイルを見せながら宣言した。表紙には、達筆とは言えないが、几帳面な字でそう書かれている。


「そして神楽坂君。あなたのその『指鉄砲による禍奇浄化能力霊ぇ~るガン(仮称)』は、非常に貴重なものです。今後の我々の活動……いえ、この学園に潜むかもしれない更なる禍奇現象の調査と解決において、不可欠な力となるでしょう」


「いやいやいや! 勝手にそんな物騒なファイル作んな! あと俺の能力(仮称)も勝手に命名すんなよ! てか、俺はもう二度とあんな怖い目に遭いたくねえんだけど!」


 陽太が全力で抗議するが、静は涼しい顔で受け流す。


「ま、なんか面白いことになりそーじゃん? 退屈しのぎにはなるかもね。陽太があんだけビビりながらも頑張ったのは、ちょっと見直したけど」


 亜樹が、スマホをいじりながらニヤリと笑う。その言葉は、彼女なりの最大の賛辞なのかもしれない。


「ぼ、僕も……陽太君と、静さんと、亜樹さんがいるなら……ちょっとだけ……ほんのちょっとだけですけど……頑張れる、かも……しれません……」


 太一が、まだ少し顔色は悪いものの、小さな声で、しかし確かな意志を持って言った。

 その言葉に、陽太は思わず天を仰いだ。


「……はぁ〜……しゃーねーな。ま、危険なことは絶対ゴメンだけどな! あと、俺がリーダーとかそういうのも無しだからな!」


 そう言いながらも、陽太の口元には、どこかまんざらでもないような笑みが浮かんでいた。


「その件ですが」


 不意に、静がキリッとした表情で口を開いた。手にはいつの間にか、分厚い手帳とペンが握られている。


「我々の活動目的、そして神楽坂君の『指鉄砲による禍奇浄化能力霊ぇ~るガン(仮称)』の特性を考慮するならば、この際、我々の組織名を正式に定めるべきかと存じます」

「はあ!? 組織名!? ただの同好会だろ、うちは!」


 陽太が目を丸くする。


「現状はそうかもしれませんが、今後、我々が対峙するであろう『禍奇』の脅威度、そして神楽坂君の能力の重要性を鑑みれば、より体系的かつ専門的な活動指針と、それを体現する名称が必要です」


 静は淀みなく続ける。その目は、どこか遠くの、壮大な目標を見据えているかのようだ。


「『禍奇』を調査し、その『核』たる部分……いわば『ヘッド』を、神楽坂君の力で撃ち抜く『ショット』によって浄化する。そして、我々はその目的を共有する仲間たちの集い、『倶楽部』となるのです」


 静はそこで一度言葉を切り、ふむ、と小さく頷くと、宣言した。


「以上を総合的に判断し、最も適切かつ機能的な名称として……『禍奇ヘッドショット倶楽部』を提案します」


「…………」


「…………」


「…………まがきへっどしょっとくらぶ……?」


 陽太、亜樹、そして太一は、一瞬、時が止まったかのように静まり返った。

 最初に沈黙を破ったのは、亜樹だった。


「……ぷっ! アハハハハ! 何それ! 禍奇ヘッドショット倶楽部って! ダッサいけど、なんか強そうじゃん! ウケるんだけど!」


 亜樹は腹を抱えて笑い転げている。


「い、いや、笑いごとじゃねえだろ! なんだよその厨二病全開みたいな名前は! 却下だ却下!」


 陽太が顔を真っ赤にして抗議する。


「ぼ、僕も……なんだか、すごい名前だなって……思います……(小声)」


 太一は、その名前の持つ物騒な響きに若干引いているようだ。


「異論は認めません」


 静はきっぱりと言い切った。その瞳には、有無を言わせぬ強い意志が宿っている。


「これは決定事項です。本日より、我々は『禍奇ヘッドショット倶楽部』です。なお、部費は月額五百円を徴収し、活動資金及び備品購入に充当します」

「おい、いつの間に部費まで決まってんだよ!」


 陽太のツッコミも虚しく、静は手帳にサラサラと何かを書き込んでいる。


「……はぁ……もう……何でもいいよ……」


 陽太は、大きくため息をつくと、ソファにぐったりと身を沈めた。抵抗する気力も、もはや残っていない。


 こうして、なんだかよく分からないうちに、(非公式)オカルト同好会は、その厨二心をくすぐるような、それでいてどこか間の抜けた響きを持つ「禍奇ヘッドショット倶楽部」へと、なし崩し的に生まれ変わったのだった。


 窓の外には、今日もまた美しい碧い空が広がっている。

 彼らの「本気じゃない」けど、ちょっとだけ本気で、そして間違いなく面倒事に巻き込まれるであろう奇妙な日常は、まだ始まったばかりだった。


 ちなみに、あの首無しデッサン人形は、その後、美術準備室の隅で発見された。

 壊れたわけでもなく、ただ静かにそこに佇んでいたという。

 そして、不思議なことに、その首の断面は以前よりも滑らかで、まるで誰かが丁寧にやすりをかけたかのように、綺麗になっていたそうだ。

 今では、美術部の生徒たちによって「ジョン(首がないから)」という安直な名前をつけられ、なぜかデッサンのモデルとしてそこそこ人気があるらしい。


 もちろん、夜中に勝手にポーズを変えることは、もう二度となくなったという。

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禍奇ヘッドショット倶楽部 ―Magaki HeadShot Club― ~碧空学園オカルト研の退屈でちょっとホラーな日常~ みんと @MintoTsukino

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