第3話 絶体絶命


「た、太一ぃぃぃっ!」


 陽太は、恐怖で足がすくむのを感じながらも、反射的に叫んでいた。

 このままでは、太一が危ない!

 友達を見捨てるなんて、いくらビビりの自分でもできるはずがない。……たぶん。

 ほとんど無意識だった。

 陽太は、震える手で、まるで子供の頃にヒーローごっこでやったように、首無しデッサン人形に向けて右手の指を銃の形に突き出した。


 そして、ヤケクソ気味に叫んだ。


「ば、バーーーーンッ!」


 その瞬間、陽太の指先から、彼自身にもほとんど見えないほどの淡い光芒のようなものが迸った。


 パシュン! と乾いた音が響き、それは正確にデッサン人形の胴体に命中した。


 ギギッ!?


 人形は、まるで初めて痛みを感じたかのように、奇妙な軋み音を立てて動きを一瞬止めた。そして、よろめくように数歩後ずさったのだ。


「え……?」


 陽太は自分の指先を見つめ、何が起こったのか理解できずに呆然とした。

 静と亜樹も、目の前で起きた信じられない光景に言葉を失っている。

 デッサン人形が怯んだ……? 自分の指鉄砲で……?


「か、神楽坂君! 今のは……!?」


 最初に我に返ったのは静だった。彼女の目は、先ほどまでの興奮とは違う、驚愕と強い興味の色をたたえていた。


「今の、もう一度お願いします! あれには物理的な攻撃ではない、何か特殊な干渉が有効なのかもしれません!」


「え、ええ!? いや、俺、何も……ただ、適当に……」


 陽太は混乱していた。しかし、デッサン人形が再び動き出し、今度は明らかに陽太に対して敵意を向けてきたのを見て、そんな悠長なことを言っている場合ではないと悟った。


 人形の動きは、先ほどよりも少しだけ俊敏になっている気がする。そして、その首のない顔は、間違いなく陽太を睨みつけていた。ゾクッとするような、底知れない悪意を感じる。


 その時、静が何かに気づいたように叫んだ。


「思い出しました! 私が調べていた学園の古い記録……その中に、このデッサン人形に関する記述があったのです!」


 静は、いつも持ち歩いているタブレット端末を素早く操作し、あるファイルを開いた。


「この人形は、数十年前に在籍していたある美術部員が、自身の最高傑作として魂を込めて制作していたもの……。しかし、彼はあるコンクールでの酷評に深く絶望し、人形の頭部が完成する間際に、自ら命を……」


 その言葉に、陽太と亜樹は息を飲んだ。


「つまり、この人形は……その生徒の未完成の無念と、美しい頭部への渇望、その想いそのものが宿った『禍奇(まがき)』なのかもしれません……!」


 静の言葉が、重く部室の空気に響いた。


「そして、もしそうだとすれば……この人形を鎮める方法は……! やはり『頭部』に関連するはずです!」


「頭っつっても、ねえだろうが! どこだよ、そりゃあ!」


 陽太が叫ぶ。その間にも、デッサン人形はギシギシと軋みながら、陽太へとじりじり迫ってくる。


「落ち着いてください、神楽坂君!」


 静は冷静に、しかし強い口調で言った。


「首そのものはありませんが、おそらく、首があった部分……その断面に、作者の最も強い念や、人形自身の核となる部分が残滓として集中しているはずです! そこが、あなたのその力で狙うべき『ヘッドショット』のポイントです!」


 静が指さしたのは、人形の首の付け根、滑らかに断ち切られたかのような断面だった。そこだけが、なぜか周囲の木材よりも濃い色をしているように見える。


 デッサン人形が、大きく腕を振りかぶり、陽太に襲い掛かろうとする。

 もう、考える時間はない。


 陽太は、ビビり震える心を叱咤し、亜樹と太一を背中に庇うように一歩前に出た。


「お前ら、ちょっと下がってろ! ……たぶん、大丈夫だから!」


 嘘だ。全然大丈夫じゃない。足はガクガクだし、心臓は口から飛び出そうだ。

 けれど、ここで逃げたら、男じゃない。……いや、男とか女とか関係ない。友達を見捨てるなんて、クズのすることだ。


 陽太は深呼吸を一つすると、人形の首の断面を睨み据えた。


 そして、再び指鉄砲を構え、今度は明確な意志と、ほんの少しの虚勢と、そして仲間を守りたいという強い気持ちを込めて、力の限り叫んだ。



「喰らいやがれ……これが俺の……渾身の! ヘッドショットォォォォッ!!」


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