第6話 学校


 学校へと向かう遊とタカ。

 いままで遊は、何の変哲もない、地味で目立たない、おとなしい生徒だった。

 しかし、今日はどういうことだろうか。

 通学路を行く、あらゆる生徒の視線が、遊に注がれている。

 それどころか、すれ違うサラリーマンなども、遊のことを振り返り二度見していくのだ。


「はは、すっかり有名人だな」

「まあ、僕じゃなくて母親が、だけどね……」

「注目されるのはどういう気分だ?」

「まあ、嫌な気分はしないけど……。心地よくもないね。あまり人から注目されるのは好きじゃないっていうか、前に出るのは苦手だから……」


 遊とタカは他愛のない会話をしながら学校までいった。

 教室に入り、椅子に腰を下ろすと、教室中のみんなが遊を見ていることに気が付いた。

 みんな遊に興味津々だが、近づいてはこなかった。

 普段、遊はクラスに友達もいない。

 遊の印象は、あまり話したことのないクラスメイトといったところだろう。

 みな遊に話しかけたいと思ってはいるものの、話しかけられずにいる。


 そんな中、静寂を破ったのは、山田という生徒だった。

 山田は活発な生徒で、誰にでも話しかけれるタイプの明るい性格だ。


「なあおい、美園。おまえすごいな。っていうか、お前の母ちゃん? 動画みたぜえええ」

「あ、ありがとう……?」

「お前の母ちゃん美人だし、めちゃくちゃつええのな。なあ、今度お前の家にいっていい?」

「え、まあ……いいけど」

「よっしゃありがとう! お前の母ちゃんにあってみたくてさあ」


 山田が話しかけたのを皮切りに、他の生徒たちも遊に近づいてきた。

 すっかり遊は人気者になった。

 まるで今日都会から引っ越してきた転校生のような人気ぶりだ。


「なあ、お前の母ちゃん狙っていい……?」

「だめだよ。既婚者だし……」

「じゃあさ、サインもらってきてくれよ」

「まあ、そのくらいなら」

「お前の母ちゃんの手料理たべたいな。こんどお弁当つくってもらってくれよ」

「えぇ……それはさすがに……あつかましいな……」


 遊が多数の生徒に囲まれてもみくちゃにされていると、そこに学級委員長がやってきた。

 学級委員長の古手川美咲だ。

 古手川はメガネをかけ、おさげをぶらさげた、典型的な委員長といった見た目をしている。

 だが、古手川は委員長といった堅苦しい雰囲気まではまとっていない。

 それどころか、彼女はその活発な性格からも、多くの生徒に慕われ、話しかけやすい雰囲気まで持っている。

 その理由の一つとして、彼女がとびきりの美人だからというのがあるだろう。

 彼女は文武両道、品行方正、眉目秀麗、誰がどうみても、人気者で、クラス一のマドンナだった。

 古手川が歩くと、まるでモーゼが海を割ったかのように、生徒が遠ざかる。

 彼女にはそれほどのオーラと支配力があった。

 古手川は遊の机までくると、話しかけてきた。

 彼女と直接話すのは、これが初だった。

 

「ねえちょっと、みんな。美園くんが困ってるでしょ」

「ご、ごめん……」


 古手川がそう言うと、生徒たちは蜘蛛の子を散らすように去っていった。

 さすがは委員長の統率力だ。

 遊も思わず感心してしまう。


「大丈夫だった?」

「あ、ありがとう……」

「それにしても、あなたってすごいのね」

「え……? ぼ、僕……?」


 古手川に言われて、遊は驚いた顔を見せる。


「あの、すごいのは僕じゃなくて、母のほうだと思うんだけど」

「そうじゃなくて。あのダンジョン、あなたが作ったんでしょう?」

「え……あ……そうだけど」

「すごいわよ。深層まで創られているダンジョンが家にあるなんてね。あれだけの立派なダンジョン、つくるのにすごく大変だったでしょう?」

「ま。まあね……欠かさずに手入れしたよ」


 話しながら、古手川の目はキラキラと輝き、前のめりになっていた。

 古手川の美しい顔が目の前にあって、遊は思わず照れてしまう。

 遊は年頃の女性と関わってこなかったため、こういったことに免疫がない。


「もしかして、古手川さん……も、ダンジョン育ててるの?」

「そう。私もね。趣味でちょっとやってるんだけど、なかなかでね。まだ中層までしか育ってないの」

「そうなんだ。意外だね……」

「なに? 学級委員長がダンジョン育てたら悪いかしら?」

「あ、いや……そうじゃなくて。古手川さんみたいなキラキラした子でも、インドアな趣味するんだと思って……。ダンジョン育てるのって、ほら、地味じゃない? それに、女子だし」

「まあーね。回りでやってる女子はいないかもね。だけど、私はダンジョン好きなのよ。ねえ、またダンジョンの話できないかな?」

「う、うん。もちろん」


 なんと意外なことに、古手川の趣味は遊と似通っていた。

 このことに遊は驚きながらも少しうれしかった。

 ダンジョンを育てるなどという二ッチな趣味を、クラスメイトが、しかも優等生で、美人で有名な古手川がやっていたからだ。

 ダンジョンを作るのは、人気の趣味ではあるものの、どちらかというとオタク趣味に近い。


 まずインドアな趣味だし、細かいし、汚れもする。

 だから、若い女性でやっている人は少なかった。

 プラモデルと似たような客層かもしれない。

 それゆえに、遊は驚きつつも喜んだ。

 こんな身近なところに、話がわかる同士がいたなんて。

 

 それに、みんなが自分の母親に注目するなか、古手川は自分に興味をしめしてきた。

 別に母親に嫉妬する気はないが、どこか遊はこの状況をおもしろくないと思っていた。

 そんな中、古手川は母ではなく、自分を気にかけてくれた。

 そのことは、意外なまでに遊の心を弾ませた。


 すると、古手川はなにやら紙切れに、連絡先を書いてよこしてきた。


「ね、登録しといて。またいろいろ教えてよ」

「う、うん……」


 自分の席に戻っていく古手川を、眺める遊。

 夏の暑さのせいか、古手川の背中には、うっすらと下着の線が残っていた。

 そして古手川が去ったあとには、さわやかな甘い香りが残っていた。

 遊は不覚にもどきっとしてしまう。

 手には、先ほど渡された彼女の連絡先。


「まさか……母親がバズったせいでクラス一の美少女の連絡先をゲットできるなんて……なんて幸運だ……?」


 心の中で、風香に感謝する遊なのであった。

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