第5話 朝


 風香がバズってしまったこと、なんと話そうかと、遊が自部屋で悩んでいると――。

 突然、遊のスマホから、それまでとは違う通知音が鳴りだした。

 通知は、電話だった。

 電話の相手は、親友のタカだ。

 遊は恐る恐る電話に出る。

 このタイミングで電話がかかってくるということは、おそらく話題は母親のことだろう。


「よお、ゆう」

「タカか……」

「そうだ。動画見たぜ。あれお前の母ちゃんだろ? やっべえなw まさかこんなことになるなんてな~。お前も有名人になれるんじゃね?」

「いや、有名人なのは僕じゃなくて母親なんだよなぁ……」

「まあ、とにかくよかったじゃねえか、チャンネル登録者が増えて」

「うーん、僕のおかげじゃないし、複雑な気分だ」

「まあ、そうだろうな。母親がバズった気分ってどんなだ? 俺には想像もつかねえ」

「僕も、自分でもよくわからないよ……」


 タカは例の動画を見て電話をしてきたようだった。

 例の動画というのは、切り抜き動画のことだった。

 どうやらタカの話では、配信のようすを切り抜いた動画がいくつもダンチューブにあがっているらしい。

 中には100万再生を突破したものもあるんだとか。


「それにしてもすげえよな、お前の母ちゃん。いつも優しい感じの普通のお母さんて感じだったのにな。まあ、見た目は美人だから、普通の母ちゃんとは違うけど……。それにしても、まさかあんな技を隠してるなんて……いつも会ってたけど、全然知らなかった」

「息子である僕でさえ知らないんだから、当たり前だよ……」

「親となんか話した?」

「いや、まだ……」

「まあ、言い出しにくいよなw」

「そうだよ……なんて話せばいいんだよ……」

「まあ、その辺は好きにしろよ。それよりも、明日学校で大変だろうなw」

「え……?」

「あの切り抜きにはお前の顔もばっちり映っちゃってるからな。当然、あれがお前の母親だってことはばれちまってる。明日学校にいったら、きっと話題はお前の母ちゃんのことで持ち切りだぜ」

「はぁ……まじか……休もうかな……。憂鬱だ……」

「おもしれえんだから絶対休むなよ! 明日は俺が迎えにいってやるから」


 いい友人なのか、ただの野次馬根性で言っているのか、判断に苦しむ遊だった。

 そのまま、タカとたわいもない話をしているうちに、遊はいつのまにか寝落ちしてしまっていた。

 ダンジョンで深層のモンスターに襲われて、体力的にも精神的にも疲労していたのだろう。


 ぐっすり眠って、朝起きると、通知はなおも鳴りやんでいなかった。

 ぶるぶる震えるスマホの音で、遊は目を覚ます。


「うるさ……。通知オフにしてから寝るべきだった……」


 少しはやめだが、遊は下に降りて朝ごはんを食べることにした。

 下に降りると、朝ごはんを作りながら、テレビを見ている風香がいた。


「あら、ゆうくん。おはよう、今日ははやいのね」

「あ、ああ……うん。おはようママ」


 そのときだった、テレビから、こんな音声がきこえてきた。


【続いてのニュースです。昨夜、とんでもない事件が起きました。なんと、ダンジョンに現れたのは、一見普通の主婦――――】


 テレビがそこまで言った途端、遊はチャンネルを切り替えた。


「あっぶな……」

「どうしたのよ、ゆうくん。そんなに慌てて」

「あ、いや……なんでもないよ。ただ見たいテレビがあっただけ」


 おそらく先ほどのニュースは、風香のことを報じたものだったのだろう。

 遊は、風香にニュースのことが知られないようにチャンネルを変えた。

 まあ、冷静に考えると、別にあのことを風香が知っても、特に問題があるというわけではない。

 だけど、なぜだか遊は、バズのことを風香に知られないようにしなければと思ったのだ。

 身体が勝手にそう動いたといったほうが正しかった。


「でもこんなの……時間の問題だよなぁ……」


 風香のバズは、あまり他にはみないほどの規模だった。

 だから、当然今後もニュースなどで取り上げられるだろう。

 外へ出れば、他の人からなにか言われるかもしれない。

 風香が自分のしでかしたことの大きさに気が付くのは、時間の問題だった。


「でもまあ……もう少し穏やかな日常でいさせてくれ……」


 遊はなるべくニュースとは遠いものをと思い、子供向けのアニメにチャンネルを合わせた。

 普段はそんなものを見る遊ではなかったが、この際ニュースじゃなければなんでもいい。


「あら、ゆうくん。そんなの見てたかしら? うふふ、ゆうくんにもまだ子供っぽい一面があるのね」

「そ、そうだよ。僕このアニメ大好きなんだぁーあはははは……」


 急いで朝ごはんを平らげると、遊は逃げるようにして家を出た。

 家の前では、すでに親友のタカが待機していた。


「おはよう、ゆう。ぐっすり眠れたか?」

「うん、眠れるわけないよね。母親があんなことになってるのに……」

「はは、まあ、だよな」

「学校……行きたくないよ……」

「だめだ。俺が無理やり連れていく」

「ねえ、タカ。おもしろがってない?」

「あたりまえだろ。親友の母親がダンジョンでバズる。こんなに面白いことって、他にねえよ?」

「はぁ…………憂鬱だ…………」

 

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