第2話 救出


 風香は遊を探すため、ダンジョンの中へと足を踏み入れた。

 普通の主婦が、なんの訓練も受けないまま、ダンジョンの中へと入ることは、無謀なことにも思えた。

 しかし、遊を助けたいという一心で心配している母の気持ちは、そんな常識では止まらない。


 するとさっそく、風香の目の前にスライムが現れた。

 風香が実際にモンスターを目にするのはこれが初めてである。


「きゃ……!? かわいい……けど、今はあなたの相手をしてる暇はないのよ……。えーっと、そうね。どうすればいいかしら……」


 相手はスライムとはいえ、風香はこれまでに戦闘なんかしたことがない。

 だけど、先へ進むには、スライムを倒す必要がある。


「とりあえず、相手は野性の動物だから、火は怖いはずよね……。私でも、火くらい起こせるんだからっ! なんたってこっちは専業主婦。毎日の料理は生活魔法でやってるもの……!」


 そう、風香は戦闘経験こそないが、生活魔法は得意としていた。

 生活魔法というのは、日常生活をゆたかにするためのサポート魔法だ。

 普通、生活魔法は戦闘に向いていない。

 そのはずなのだが……。


「えい……! プチファイア――!!!!」


 ゴオオオオオオ!!!!


 風香はスライムに火球をはなった。

 スライムはなにひとつ残さず、焼けて消滅した。


「ちょっと火が強すぎたかしら……? とにかく、先に進まなきゃ……!」


 風香は最近では珍しい、生粋の専業主婦だ。

 生活魔法は、誰よりも詳しい。

 どんな魔法でも、極めれば最強の能力になると言われている。

 そしてそれは、生活魔法でも……?


 風香のファイア魔法の火力は、生活魔法と呼ぶには度を越えていた。

 威力だけではない。

 その精度やコントロールもすさまじかった。

 なにせ、風香はこれまでの人生で幾度となく、火を起こしてきている。

 それも、料理によって適切な焼き加減で調節しているのだ。


 火の弱さをコントロールできるということは、火の強さもコントロールできるということだ。

 風香はそんじょそこらの冒険者とではくらべものにならないほどの回数、炎魔法を毎日使ってきた。

 そんな風香の炎魔法は、一級品と言ってもいい。


「邪魔よ……! はやくゆうくんをみつけださなきゃいけないんだから……!」


 次々に現れるモンスターをなぎ倒し、風香はダンジョンを進んでいく。

 そしてとうとう遊のいる深層にまでたどり着いた。

 遊は、シュトラールドラゴンに追い詰められ、深層の壁際まで追い詰められていた。

 いましもドラゴンは遊に牙をむかんと、その凶悪な牙を光らせている。

 そこに、風香がすんでで駆け付けた。


「みつけた……! ゆうくん……!」

「……って、ママ!? なんでここに……!?」

「なんでって、ゆうくんの帰りがおそいから迎えに来たのよ。もう、心配したんだから……」

「っていうか、どうやってここまで来たの……!?」


 驚く遊をよそに、シュトラールドラゴンはなおも威嚇を続けている。

 そして、シュトラールドラゴンは後ろから現れた風香に気が付いた。

 ドラゴンは振り向き、その標的を風香に変えた。

 ドラゴンが大きく息を吸い込む。


「ママ! 危ない……! 逃げて……!」

「あなたがゆうくんをいじめたのね……。ゆるしません!」


 すると、風香は水魔法を放った。

 水魔法も、風香にとってはお手の物だ。

 なにせ、毎日洗濯で使用しているのだから。

 ドラゴンは息を吐き出し、ドラゴンブレスを放つ。

 しかし、風香はそれを水魔法で相殺した。


 ――ズゴゴゴゴゴゴゴ。


「えぇ……!? なにやってんのママ……!?」

「とどめよ……! えい!」


 風香は風魔法で刃を作り出した。

 普段料理をするときは、風魔法でつくった刃を使っている。

 それに、洗濯物を乾かすときも、風魔法は欠かせない。


 ――ズバ!!!!


 ドラゴンの肉体は、真っ二つに裂けた。


「す、すごいよママ……! いつのまにこんなの覚えたの……!?」

「ちょっと生活魔法をつかっただけよ。それよりも、ゆうくんが無事でよかったわ……。さあ。帰りましょう。ご飯がさめちゃうわよ」

「そ、そうだね……。でも、助けてくれてありがとう。さすがはママだね……」

「ママはゆうくんがピンチなら、地獄の底でも、どこへでも駆けつけるわ」


 二人はダンジョンを去るべく、来た道を引き返す。

 遊はこのとき、まだ気が付いていなかった。

 自分がさっきまで配信していたダンカメ――ダンジョンカメラの録画ボタンが、まだオンになったままだということに……。

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