第八章:わたしを生きる

夜の帰り道、コンビニの灯りがにじんで見える。

イヤホンから流れる音楽は、今日の出来事をやわらかく包んでくれていた。

ひとりで歩くこの道も、以前とは少しだけ違う意味を持っていた。

わたしは、わたしを生きようとしている。

それだけのことなのに、世界が少しだけ優しく見えた。


「普通じゃなくてもいい」

そう思えるようになってきた。

それは誰かに許されたからではない。

誰かに理解されたからでもない。


たぶん、何度も絶望して、泣いて、吐き出して、

そのたびに何かを見つけてきたから。

自分のままでいることが、いちばん難しくて、

でもいちばん価値のあることだと知ったから。


同性のあの子と過ごした日々も、

わたしをわたしにしてくれた。

「好き」という言葉を使うのはまだ怖かった。

でも、それに似た感情を、大事に抱えた。


好きとか、愛とか、

そういう言葉で表すとこぼれてしまいそうで、

言わずにいることもまた、わたしらしさだった。


恋愛がすべてじゃない。

性愛がすべてじゃない。

家族になるとか、結婚するとか、

そういう形でなくても、つながれる関係がある。


わたしは、そういうものを信じたい。

名前のないぬくもりを、大切に抱きしめて生きたい。


社会は相変わらず、

性別で分ける。

恋愛で測る。

欲望で結びつける。


でも、わたしの世界は、それとは少しだけ違うところにある。

静かで、言葉少なで、それでも確かな呼吸がある世界。

心が削られない場所。

「女」としてではなく、「わたし」としていられる空間。


そんな場所が、もっと増えたらいい。

誰もが、自分の輪郭を失わずにいられる場所が。

そして、いつか自分が誰かにとっての、

そういう「場所」になれたらいいとさえ思う。


わたしは、わたしを生きている。

誰かの期待ではなく、自分の感覚で。

それは、たった一歩のようで、確かな革命だった。


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