第七章:名前のない自分
どんな言葉も、わたしをきちんと説明してくれない。
「女」も違う。「男」も違う。
「レズビアン」と言われても、しっくりこない。
「アセクシャル」「セクシャル・アヴァージョン」「ノンバイナリー」
最近はいろいろな言葉があるけれど、それでもどれも、自分のすべてではない。
名前がないことは、時に不安だった。
言葉にできないものは、世界に存在しないような気がしてしまうから。
だけど同時に、名づけられないということは、誰にも縛られていないということでもある。
自分の輪郭は、自分で描いていけばいい。
にじんでも、ゆらいでも、ちゃんと存在している。
小さなころの記憶がふと蘇る。
男の子たちは外で着替えていた。
自分だけが室内に呼ばれた。
“女の子だから”
そのときから、分けられていた。
自分の意志とは関係なく、線を引かれていた。
そのとき感じた違和感。
なぜ? という問い。
あの感覚が、今もずっと続いている。
「名前のない自分」
それは、孤独と背中合わせだったけれど、でも、どこか誇らしくもあった。
誰かが決めた言葉に、無理やり収まる必要はない。
わたしはわたしであって、他の何者でもない。
そう思えたとき、ようやく呼吸ができた。
世の中には、「普通」という言葉があふれている。
普通は恋をする。
普通は結婚をする。
普通は性行為をする。
だけど、その「普通」に、なぜ合わせなければならないのだろう。
わたしは、恋愛の話を聞くと心がざわつく。
生理が来るたびに、自分が「女」に押し戻されるような気持ちになる。
異性に性的な目で見られると、体が冷たくなる。
でも、それはおかしいことじゃない。
わたしにとっての「当たり前」なのだ。
無理に合わせることが、どれだけ心を削るか、誰かに分かってほしかった。
言葉にならない感情。
定義できない思い。
それでも、確かに生きている、この自分という存在。
わたしは、「女」であることを証明するために生きているんじゃない。
誰かに「分かってもらうため」だけに名乗るんじゃない。
名前なんてなくていい。
肩書きも、ラベルも、いらない。
わたしは、わたし。
静かに、でも確かにそう言えるようになった。
それが、わたしが生きていくための、芯になった。
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