第二章:恋バナの放課後
中学生になると、世界の色が少し変わった。
教室の空気には、ほんのりと甘くて重たい香りが混じるようになっていた。
「〇〇が△△のこと好きらしいよ」
「昨日、先輩に告られたの」
そんな会話が、放課後の教室や廊下の片隅で、さざ波のように絶えず立っていた。
わたしも、その輪の中にいた。
笑いながら「えー、誰がタイプ?」なんて言い合って、漫画の恋愛シーンを真似してドキドキしたフリもした。
でも、どこかでずっと、自分の台詞だけが「借り物」みたいだった。
上手に演じてるだけの、自分がいた。
心の奥に浮かぶのは、アイドルでも、クラスの男子でもなかった。
好き、という気持ちがそもそもどういうものか、うまく言葉にできなかった。
けれど、放課後の図書室で隣に座った友達の、指先の温度とか、風に揺れた髪の匂いとか——
それだけでなぜか、胸がぎゅっとした。
恋じゃないと思っていた。
でも、恋って何だろう?
みんなが言う「恋」は、異性が相手で、「付き合って」「キスして」「そのうちHして」っていう流れがセットだった。
でも、自分の中には、そんなストーリーがひとつもなかった。
むしろ、キスって想像するだけで身体が強張った。
何も感じないどころか、寒気がした。
だけどそれを誰にも言えなかった。
言ったら変な目で見られるかもしれない。
「まだ恋を知らないだけだよ」「本当に好きになったら変わるよ」って、きっと軽く流される。
だから黙っていた。わたしは、ちゃんと女の子の役を演じた。
好きな人は?
と聞かれたときは、適当に名前を挙げた。
クラスで一番人気の男子。
安全な名前。
本当の気持ちはどこにも出さずに、わたしは、みんなと同じようなフリをして笑った。
でも、心のどこかが、少しずつ、ひび割れていくのが分かった。
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