第一章:はじめての違和感
あれは、まだ保育園のころだったと思う。
春の運動会の練習で、砂まみれになったシャツを着替えるため、みんなが順番に呼ばれていったときのこと。
「○○ちゃんは、こっちの部屋で着替えてね」
そう言われて、引率の先生に手を引かれて廊下の奥へ向かった。
外では男の子たちが、パンツ一丁でふざけ合いながら着替えている。笑い声が風に乗って、かすかに届いてくる。
でも自分だけは、カーテンの引かれた小さな部屋の中に通された。ひとりきり。窓の外に、まだ笑ってるクラスメートの姿が見える。
なんで?
声には出せなかったけれど、胸の奥で何度もそう思っていた。
誰も答えてくれない問いを、何度も反芻しながら、ボタンを外す手が止まった。
スカートの下に履いていたショーツ。
これは自分が選んだものじゃない。買ってくれたのは母で、勧められたのは「女の子だから」だった。
自分が「女の子だから」——
それはいつから決まっていたんだろう? 誰が決めたんだろう?
部屋の外からは、ふざけた声や笑い声がまだ響いていた。
その中に、どうしても入りたかったわけじゃない。ただ、「分けられた」ことが、耐えがたかった。
着替え終わって外に出たとき、もう誰も自分のことなど見ていなかった。
だけど、自分は気づいてしまった。
自分は、どうやら「女の子の枠」に入れられている、ということを。
その日、帰り道の夕焼けはやけに静かで、家に帰ってもなにも話さなかった。
夕食の味も、思い出せない。
だけど、その違和感だけは、今でも身体のどこかに残っている。
あの日、あの部屋のカーテンの内側で、自分の中の何かがひとつ、音もなく崩れたような気がしている。
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