4

 宿屋へ戻る道すがら、レベリウスは何とも言えない気持ちであった。あの時のエレバンスの表情と行動を見ると、

(もしや。……)

 と考える。

「どうした、レベリウス」

 孫六が声をかけるのへ、いや、と苦笑いしながらレベリウスは手を振った。


 宿に戻ったその夜、レベリウスはどうにも寝つけない。

「そういう時は、酒だ」

 ということになって、レベリウスは町の酒場に入った。

 酒場は、荒くれ者や、仕事を終えた者たちで埋まっていて、レベリウスの座る席はなかった。

 他に行こうとして酒場を出ようとしたとき、レベリウスを呼ぶ者があった。

 エレバンスであった。

「こっちだ、こっち」

 エレバンスの隣の席が空いたようだった。レベリウスは少しためらったが、やはりエレバンスの隣に座ることにした。

 酒を飲み、肴を少しつまんでいるうちに、レベリウスは紐がほどけたように、

「もし、気分を害したのなら、許してほしい」

 と先に言って、

「お前が、ミヒューの兄さんを。……」

 とたずねた。エレバンスは、

「……、たしかに、流浪の民の男と言い争いにはなった。それは認める。だが、断じて俺は殺しちゃいない。それだけは信じてくれ」

 と、涙まじりに話した。

「……、わかった。信じるよ。お前に限って、というつもりはないが、涙を流してまで話す友人を、それでも疑うというのは俺にはできない」

「ありがとう」

 それから、二人の酒宴は今までになく盛り上がり、二人が酒場を出るときには、東の空が少し明るくなっていて、酒場も店仕舞いの頃だった。


 もし、エレバンスの言葉を信用するとなれば、ミヒューの兄の一件については、かかわりがない、ということになる。

「誰が、というのは今は分からんさ。今はレベの友垣ではない、ということだけでも良しとせねばな。無論、レベリウスには酷だが、エレバンスとやらが嘘偽りを申しておらぬ、とも限らぬがな」

「だがよ、親方。俺は、エレバンスが泣いたのを信じたいんだよ」

「いや、儂もその涙に嘘はない、と信じたい。それに、もし本当にやましいところがあるなら、わざわざ酒場で呼び止めはせぬだろう」

「ありがとう、親方」

「なにも礼を言われるほどではないさ」

 頭を下げるレベリウスの肩に、孫六はそっと手を置いた。

「事の次第を知っているアレッドが死んでいる今、手がかりはない。レベリウスを襲う様子も見せぬところをみると、下手人は、様子をうかがっているか。あるいは、こちらの手に気づいたか」

 いや、と孫六は考え直した。

「そもそも、何故ミヒューさんの兄は殺されたのか」

 と。

「ミヒューさん、あんた、心当たりはないのか?」

「心当たり、ですか」

「左様。例えば、お前さんの兄さんがなにか面倒事に巻き込まれていたとか、あるいはなにか都合の悪いものを見た。そのようなことは思い当たらんか」

「……」

「はたまた、何か悪いことに手を染めてしまったか」

 親方、とレベリウスが止めに入るが、それを断るようにミヒューが、

「もしかしたら、これかもしれません」

 と、懐から出してきたのは、手に収まるほどの塊だった。

 塊は、きれいな青白い光を発光していて、孫六が持つとほのかに気力を取り戻すような気分になる。


 ミヒューは、兄からこれを預かるように言われていた、という。そしてこれがどういうものか分からない、とも言った。

「レベ、わかるか」

「こりゃ。……、もしかして天然の魔術合金か」

「魔術合金とはなんだ」

「魔術合金ってのは、例えば剣や鎧、盾、あるいは道具。これに使う金属に魔術を施すもので、大抵は人工で作られるものなんだ」

 レベリウスはさらに、こういう魔術合金は、魔術師が依頼を受けて付与するのが普通で、天然の魔術合金というのは滅多に手にはいらないもので、闇市場では高値で取引される。さらに中には採掘を禁止している場所もある、ともいった。

「なるほどな」

 孫六は合点がいった。

「ミヒューさん、お前さんの兄は、恐らくこれによって殺されたかもしれんな。ご禁制の代物を持っている時点で何らかの面倒事を引き受けたか、巻き込まれたか。それは分かったが、いまひとつわからんのは、それをレベリウスになすりつけたことだ。考えられるのは。……」

 孫六はレベリウスの方を向き、

「お前が、じつはまことの下手人だ、ということだ」

 と、にやり、と笑った。

「俺?」

 レベリウスが焦った顔をして自分を指さすのへ、孫六は愉快に笑った。

「親方、冗談じゃねえよ」

「いやいや、すまん。だが、すくなくとも、お前とかかわりのある人物が、今回の一件を引き起こしているのは間違いない。それも、お前のことをおとしめてもよい、と考えるほどに身勝手なやつがな」

「……」

「それだと、心当たりがあるようだな」

 レベリウスはだまってうなずく。

「最初にこの町にはいるとき、嫌な思い出があるかどうか聞いてみたが、その時は答えなんだ。ということは、この町で何かあった。そうだな?」


「嫌な思い出だよ」 

 レベリウスはそう切り出した。

 むかし、この町でレベリウスは鍛冶屋の修業をしていた。父による命令だったので、仕方なくこの町に来たらしい。

 今はもうなくなっているが、当時、レベリウスはアンセムという老鍛冶屋の下で働いていた。アンセム老人は人当たりがよく、仕事もひっきりなしにあって、その意味では充実した日々だった、という。

 レベリウスの言葉はそこで止まった。

「……、まあ、己の口から言いにくいこともあろう。いずれ、全ては分かることだからな」

 孫六はそれ以上何も言わず、天然の魔術合金を手に取って見つめている。

「これは、無垢で鍛えるのか?」

「ああ。親方のやり方じゃなく、火にくべてそのまま打つんだ」

「なるほどな。……、これくらいであれば、小剣のほどは作れるやもしれん。一旦町に戻るか」


 孫六は当然ながら、門番に会う。

「門番、あれから金をくすねているのか?」

 門番は孫六と目を合わせることをしない。孫六、苦笑しながらも外で待っている馬車に乗りこんだ。


 道中、ミヒューが魔術合金を手に取って、憎々しげにしている。

「こんなもののために兄が死んだのは、ある意味では当然かもしれません。……、だってそうでしょう?いくら天然の魔術合金が、高値で取引されるからといって、そんなことで得たお金なんてどういう意味があるというのですか?!」

「……」

「私たち流浪の民は、そういう金や欲望よりも大事なものがあることを信じてきたのに、それが。……」

 ミヒューは声を殺して泣いている。孫六はやさしくせなかをさする。

「今は、こういう言葉はお前さんには届かんかもしれんが、すこしいいかな」

「……、はい」

「たしかに、世の中で金ほど厄介なものはない。だが、どこでもそうだが、金がなければ生きていけぬのも事実だ。そんな世俗にまみれた世の中でも、人は生きていかねばならん。たとえそれが流浪の民とやらであっても、それは逃れられん」

「……」

「人は金で狂うことはある。しかしな、人は金で救われることもあるのだよ。……、金がある、という生活も中々に悪くはない。ようは、程度なのだよ。そこそこに金があり、そこそこに金がない。それが、なによりも人が健やかに生きる方策だ、と儂は思うがな」

 轍で馬車が揺れる。日が落ちていく。


 アーデンの町に戻った孫六は、ミヒューを工房に連れて行くと、早速、

「その小剣を見せてもらえんか」

 と促した。はい、とミヒューが小剣を渡す。

「やはり、中々の業物だな」

 小剣の刀身を見た孫六が言う。

「はい。亡くなった父が、護身用に、と持たせてくれました」

「お父上に感謝しておきなさい」

 孫六は小剣を柄と刀身に分解し、寸法を測る。

「レベ、これくらいの分量に分けてくれ」

 二人の鍛冶の作業がはじまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る