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「それにしても、ミヒューがしくじるとはな」

 男は苦々しい顔で言った。

「仕損じはしないはずなのに」

 と呟いたとき、男は孫六の顔を思い出した。

「あのジジイが邪魔をしたのか」

 だとしたら、納得がいく。ミヒューがレベリウスを狙っていたことを察知したのかもしれない。

「だとしたら、やつは少々厄介な奴だな」

 始末をつけるか、と男はレベリウスの工房近くにある木の陰から立ち去った。


 レコリンドの町はドワル川をまたいで、馬で二日ほどの場所にある。護身用に刀を持った孫六とレベリウス、ミヒューは送迎用の馬車に乗りこんだ。

「どうした、レベ」

「いや、俺、あの町嫌いなんだよ」

「何か嫌な思い出でもあるのか?」

「……」

 町の表門前にある馬屋に到着した。三人分の料金を払ったレベリウスは、表門前で警備をしている二人の門番に話をつけようとした。

 門番は、

「通りたけりゃ、少々かかるがいいかい?」

 と、手をさしだした。

 なるほど、と孫六は納得した。

「要するに袖の下か」

「この町はなんでも袖の下さ。痛い目に遭いたくなけりゃ、出すもんだせよ」

「出すものを出せ、とな」

「そうさ。さっさと出しなよ」

 そうかい、と孫六、門番に近づくとそのまま手刀を側頭に落とした。門番が目を見開いたまま崩れ落ちる。

 野郎、ともう一人が備えつけの槍を担ぎだして孫六に対して構えた。孫六は無造作に穂先の根元を掴む。門番の力では差しぬき出来ず、微動だにしない。それどころか、孫六が勢いよく引くと、門番はたちどころに腰を失ってふらついた。

「そんなことで門番が務まると思うのか、この馬鹿者が」

 孫六は奪い取った槍の石突で門番の鳩尾を打つと、うーん、と門番はうなってその場に倒れた。

「お、親方」

「しばらくは気を失っているであろう。行くぞ」

 表門の扉にかぎはかかっていなかった。


「なるほどな」

 と孫六は、レコリンドの町の様子を見るなり、レベリウスの言葉にうなずいた。

「我らの町とはえらい違いだな」

「親方、これからどうするんで?」

「本来であれば、役人に話をするのが一番良いであろうが、この町の様子であれば、むしろ邪魔になるやもしれん」

「そうなると、後は酒場か」

「酒場?」

「そこだと人が集まるんだよ、もしかしたら知っている人がいるかもしれない」

 レコリンドの町の酒場は二つあって、一つは『黒鉄カラス』、もう一つは『鷹の羽』という。表門から近い、『黒鉄カラス』から当たろう、ということになった。


「これは、ずいぶんと繁盛をしているようだな」

 酒場に入った孫六は開口一番にそういった。事実、酒場は座る場所があるかどうか、というほどごった返している。

「いらっしゃい」

 三人を見つけた亭主が声をかけてきた。レベリウスの先導で、三人は大きな酒樽をテーブル代わりにしている席に着いた。

 孫六はレベリウスに注文を任せ、自身は酒場の中を眺めている。酒や肴は思ったより早く運ばれてきた。

「レベ」

 孫六は自身の背中越しに見える男を指さした。

「馬鹿者、覗きこむやつがあるか」

「すんません。……、で、あの男が?」

「あやつ、工房をのぞき見しておったよ。それも、お嬢さん、あんたをだ」

 ミヒューが気取られぬように先ほどの男をみると、

「あの人です」

 と、いった。

「後ろの男が、お前さんの兄の仇がレベだ、といったのかね?」

「はい、それだけじゃありません、アーデンの町まで一緒に来てくれていました。私が襲い掛かった頃にはどこかに行ってしまっていたのですが、こんなところに。……」

 孫六は、レベリウスに見覚えがあるかどうか尋ねた。

「いや、こんな遠くからじゃなあ。……、見覚えがあるようなないような」

 そうか、と孫六はおもむろに立つと、すたすたと例の男の前に立った。


 男はどこからともなくつぶてを当てられたような顔して、

「な、何か用かい?」

 と、明らかに声を上ずらせた。

「お前さん、儂らの工房をのぞき見しておったであろう」

「いや、何かの間違いだ。俺は、鍛冶屋の工房なんぞ。……」

「『語るに落ちる』とはこのこと、わしがいつ、鍛冶屋の工房、というた?」

 男は黙ってうつむいていたが、脱兎のごとく逃げようとしたところへ、孫六が足をかけて男を倒すなり、その上にどっかと座った。

「食い逃げだ!」

 誰かが言うのへ、亭主が出しゃばってきた。

「じいさん、やらかしちまったな。……」

 亭主が孫六をもちあげようとするところへ、レベリウスが銀貨を数枚、亭主のエプロンのポケットに入れた。

「代金はそこに入っているよ」

 亭主がポケットに手を突っこみ、枚数を数えると、

「おお、勘違いか。これはすまねえ。毎度あり」

 と、そそくさとその場を離れた。

「さて、話を聞かせてもらおうかな」


 町の外れにある墓地にまで男を連れて行った。人気の少ないところ

 ミヒューによると、男の名はアレッドというらしい。ただ、レコリンドの町の悪さを考えると、真っ正直に自分の名を曝すとも思えないので、もしかしたら偽名かもしれない、ということをレベリウスは言う。

「で、お前さん。……、アレッドとかいったか」

「なんだよ」

「こやつの顔を見て、何も思わんのか?」

 孫六がレベリウスの顔を指さしていうが、アレッドの反応はない。

「おぬしであろうが、そこなるミヒューに、レベリウスが殺された兄の仇だ、と吹き込んだのは」

「そうだったかねえ」


 アレッドの居直った態度にレベリウスが怒ってつるし上げる。

「く、くるし。……」

「本当のことを言え!!お前のでたらめで俺は命を狙われ、親方は危うく殺されそうになったんだ!!さっさといわねえか!!」

「わ、わかった。分かったから、放してくれよ」

 レベリウスがつるし上げた手を離すと、アレッドは尻もちをついた。重い音が辺りに響いた。孫六はアレッドに前にしゃがみ込む。

「で、誰に頼まれた?」

 レベリウスは不思議そうにたずねた。

「頼まれた?」

「もし、まことにミヒューの仇がお前であったとして、この男が嘘をいっていなければ、お前に対する反応は鈍くない。むしろ、ミヒューにけしかけたであろう。それに、そもそも仇討をするなら、助太刀をするのが常道であろうが。それをせず、けしかけただけならば、裏に何かある、と儂は見て取ったがな」

 どうだ、と孫六はアレッドに向かって言った。


 アレッドは観念したようで、ミヒューを睨み付けると、

「お前がしくじらなけりゃ、こんなことにならなかったのに」

 と、悔し紛れにつぶやいた。

「さ、わけを話してもらおう。渋ったところで、こやつの膂力のほどは先ほどで分かったであろう」

 しょうがねえ、とアレッドが口を開いた瞬間、アレッドの体を刃が貫いた。

「おい!!」

 レベリウスが突っ伏すアレッドを抱きかかえるが、アレッドの心臓に生えたように刃が突き出ていた。

 孫六は咄嗟にアレッドの後方に飛び出していくが、気配はない。

「迂闊であったわ、まさか後をつけられていたとはな」

「親方、どうしますよ」

「手がかりの糸が切れた以上、最早どうすることもできまい。ただ一つ分かっているのは、ミヒューを使ってまで、お前の命を狙っている者がいる、ということだ。なにか思い出せんか?」

「なにかって、いわれてもなあ」

 レベリウスが頭をかく。


「もう一つ分かっているのは、かつてお前がこの町とかかわりがあったということだ。考えられるのは、お前がこの町にいたときに『何か』が起こり、結果、命を狙われる仕儀になった、ということだ。それは、ただの喧嘩などの類ではない、なにか大事があったはずだ」

 それを聞かされて、レベリウスは必死になって思い出そうとするが、

「いや、さっぱりわからねえ」

 といった。

「となると、恨みを持っているのは相手だけ、ということも考えられるな」

「どういうことだよ?」

「つまり、お前が気にも留めていないことで、相手が恨みを思って、お前の命を狙った、ということさ。だから、お前が憶えてなくとも不思議ではない」

「そうなると、全く分からねえよ」

「まあ、方策はある。多少危険が伴うがな」

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