お出かけのお誘い
いよいよ決戦の日がやってきた。
いや、説得自体は明日の予定なんだけど、今日お出かけに誘って断られたらジエンドだから。
(要するに、今日に私の生死の四分の三くらいがかかっているといっても過言ではないのである!)
「はあー」
「ヒスイ、ため息なんて吐いてどーしたの?」
「あ、アキ……あのね、今日の私次第で未来が決まるの」
「え、何、重い話?」
「朝霧くんをお出かけに誘えるかって話」
「なんなんだよ……」
イヤホンで推しのみくたんのオリジナル楽曲を幸せそうな顔で聴きながら、アキが話しかけてきた。正直に答えると、アキは呆れたようにみくたんの歌に集中した。
みくたんというのは、VTuberの
みくるちゃんは企業に所属していない個人勢で、チャンネル登録者数は三万人と人気。年齢は現役高校生と公表している。同世代の子が立派に稼いでいるんだなあと、ちょっと尊敬する思いもある。
みくるちゃんは二年前から活動をしているのだが、アキは活動開始当初からずっとみくるちゃんのことを推している。いわゆる古参ってやつだ。
アキはみくるちゃんのガチ恋勢である。本人が公言しているので、間違いはない。ちなみに、「害悪には絶対なりたくない、推しに迷惑なんてかけたら死ぬ。グッズ買ったりコメントするだけ」とアキは言っていたので、ガチ恋が全員ヤバい人ってわけでは、もちろんない。アキいわく、モデレーター(チャンネルの管理や配信者のサポートをして、配信者と一緒になってライブ配信を作り上げる人のこと)もやっているらしい。
私はアニメや漫画なんかが好きなので、VTuberは詳しくない。まあ、アキの語りをいつも聞いているので、人並み以上には詳しいかもしれないけど。
種類は違っても、推しを愛でて幸せになるのは世界共通だと思う。どうしても過激な行動をしちゃう人が注目されて、オタクに偏見が持たれちゃうけど、オタクでも別に悪いことしてるわけじゃない。
絵を描くのが好きとかゲームが好きっていうのと、何にも変わらないからね。
だからつまり、何が言いたいかって言うと……。
(現実逃避しても事態がいい方向へ変わるわけじゃないんだよー!)
どうしよう、断られたら。
普通に考えたら、男女二人きりでお出かけってそれはもうデートだもんね。そんなもの、生まれてこの方一度も経験したことありませんよ。恋愛経験もないし……。うう、悲しい。これが令和の女子高生の現実です。
(……終わったかも……)
ぐったりとうなだれていた時、朝霧くんが教室に入ってきた。カバンを机の横にかけ椅子に座った朝霧くんに、挨拶をしようと口を開く。
「おはよう、朝霧くん」
「ん……おはよ」
眠たそうな朝霧くんを見て、私は逆に目が覚めた。
(こうなったら当たって砕けろ!いや砕けちゃ困るんだけど……。まあ、やらないよりはやった方がいいでしょ!断られたら別の手を考えればいいんだし)
今言おうかとも考えたけれど、タイミング悪くハジメ先生が入ってきたので、私は昼休みでいいか、と思い直した。
◇ ◇ ◇
ザクロの作ってくれたしょっぱい卵焼きをかみしめつつ、さりげなく朝霧くんの様子をうかがう。
朝霧くんは定番となりつつある焼きそばパンを黙ってもぐもぐしていた。餌を一生懸命食べるリスみたいで、たいへんかわいらしい。
昼食を食べ終わって、どきどきと早鐘を打つ心臓を精一杯鎮めて、私は重たい口を開いた。
「あ、あのさ、朝霧くん。明日、一緒にお出かけ、行かない?」
努めて普段通りに言葉を発すると、朝霧くんはきょとんと見開いた目を瞬いた。
「……お出かけ?」
「そう!って言っても、プランとかはなにも決まってなくて、これからなんだけど……ど、どうかな?」
(うー、お願い朝霧くん!人目があるところで死神うんぬんの話なんてできないんだよー!)
「……それって、二人で?」
「う、うん!だ、ダメかな?」
内心ガタガタ震えながら、制服のスカートのすそを握りしめて、かたずをのんで朝霧くんの返答を待つ。
今にもナイフを持って飛び掛かって来そうな女子たちの気配を背後に感じても、それどころではないためか、不思議と気にならなかった。
少しの間の後、朝霧くんはその小さな口を開いた。
「……いいよ」
「え、ほんと!?やったー!じゃあ必要になるかもだし、連絡先交換しようよ!あ、スマホ持ってる?」
喜んでスマホのメッセージアプリの友達追加画面を表示させると、朝霧くんも無言でスマホを差し出してくれた。
無事にお互いの連絡先が交換されたことを確認したところで、昼休み終わりのチャイムが鳴ったので掃除場所である廊下に向かう。
(はーっ、オッケーもらえてよかったー!めっちゃ緊張したけど、すごくうれしいなあ!)
朝霧くんとお出かけが決定して、ついでに連絡先も交換できた私は、めちゃくちゃ浮かれていた。
……引き出しの中に投げ込まれた、差出人不明の手紙を見るまでは。
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