お見舞いと友達

「朝霧くんが来ない……」

「あんた、最近ずっと朝霧くん、朝霧くんってうるさいね。恋にでも落ちちゃったの?」


 作戦開始四日目。計画通りに事が運べば、いよいよ明日、お出かけに誘う予定なのだけど……。


 アキの言葉を無視して、私はちらりと無人の後ろの席に目をやる。もう昼休みも終わるというのに、朝霧くんは来ていない。


(何かあったのかな。風邪とか?死神も風邪とかひくのかなあ……)


 結局朝霧くんが来ないまま放課後を迎え、なんとなく気分が上がらない私は担任のハジメ先生のところへ突撃していた。


「ハジメ先生!朝霧くんの住所教えてください!」

「恋塚は今日も元気だな!残念だが守秘義務があるんで、個人情報は教えられないぞー」

「そこをなんとか!お願いします!今日お休みだったから、何があったのか心配なんですよ!」

「本人から今朝連絡があってな、ちょっと体調が悪いから、念のため欠席するということだ!安心していいぞー!」

「お見舞い!お見舞い行きたいんですよー!お願いします!後生です!」


 お願いしますーと両手を合わせて懇願すると、ハジメ先生は「うーん」と悩みだした。


(ただでさえ仲良くなれる期間が超少ないのに、一日接触なしはきついんです!どうか何卒、お慈悲をー!)


 私の必死さが伝わったのか、ハジメ先生は目を閉じて後ろを向き、「あー」と発声練習のような声を出した。


「これは単なるオレの独り言なんだが……朝霧の家は恋塚の家の近くだった気がするなあ!野高坂を上がった先のグレーの小さなアパートの二階で、部屋は階段を上がって一番右端だったかなあ!」

「せ、先生……!ありがとうございます!」


 後ろを向いたままのハジメ先生に深く頭を下げて、そのまま駆け出す。


 家に戻って着替えなんかを済ませ、冷蔵庫に入っていたゼリーを二個袋に入れて、家を出た。


「あ、ここかな?うー、緊張する……。ふー、よし!」


 古びたインターホンのボタンを押し込むと、ピンポーンという間の抜けた音が響いた後、中から「はい」とくぐもった返事が聞こえた。


「朝霧くん、恋塚ヒスイだよ!お見舞いに来ました!」


 そう明るく応じると、カチャンという開錠の音の後、ガチャリとドアがあいて、ぼんやりした朝霧くんが顔をのぞかせた。


「こんにちは!今日お休みだったから、大丈夫かなって気になって、来ちゃった!」

「……中、入って。なんでここが?」

「いやー、まあ、なんとなく……?」


(なんとなくってなんだよ、なんとなくって。平々凡々な私には、なんとなく他人の住所が分かるなんて特殊能力はありませんよ。ていうかなんとなくで自分の住所知られるの怖すぎ……)


 ハジメ先生に教えてもらったなんて口が裂けても言えない私は、心の中で自分の発言にツッコミを入れながら、えへへと笑ってごまかした。


 多少古びてはいるが、一人で暮らすには十分すぎるほどの広さがある、アパートの一室に通される。

 中は男子高校生が一人で暮らしているとは思えないほど整理整頓が行き届いていて、私はこれより汚い自分の部屋を思い浮かべてちょっとびっくりした。


「体調悪かったって聞いてたから、元気そうで安心したよ!もう大丈夫なの?」

「ん。仮病だし」

「え」


 中にあったソファに案内され、二人で腰かけてそう切り出すと、まさかの事実が発覚した。


(んー、まあでも、いきなり環境が変わると、一日くらい休みたくなるのも当然だよね。私も色々あったとき、ザクロと二人で一週間くらいずる休みしてたなあ……。あの期間がなかったら、こんなにザクロと仲良しじゃなかったかもしれないな)


「そっか。ちゃんと休めた?明日は来られそう?」

「ん、明日は行く。……怒らないの?」


 きょとん、という感じで首をかしげる朝霧くんに、私はあははと笑いを返した。


「怒るわけないじゃん。私、完全に部外者だし。休みたいときは好きなだけ休んでいいんだよ。頑張るってすごいことだけど、疲れるから。休むのに理由なんていらないし」

「……そう」


 朝霧くんはコンビニなんかでもらえるプラスチックのスプーンでぶどうゼリーを削りながら、静かに返事をしてくれた。

 

「でも、できたら来てほしいな。朝霧くんがいないと、学校、ちょっとつまんないからさ」

「……うん」


 私がにっこり笑うと、今度はしっかりうなずいてくれた。


(なんか、口から言葉がするする出てくる……。これって作戦のための出まかせ?それとも本心?わかんない、自分で自分が分からないよ……。でも、どうして朝霧くんと話せただけでこんなにうれしいんだろう)


「じゃ、じゃあ、りんごゼリーは冷蔵庫に入れておくね!……また明日ね、朝霧くん」

「……ん、またね」


 このままここに居続けたら、なんだかおかしくなってしまう気がして。私はテーブルに置いていたゼリーを小さな冷蔵庫に仕舞って、朝霧くんに手を振り、足早に立ち去った。



◇ ◇ ◇



「ただいまー!」

「あ、おかえりお姉ちゃん。遅かったね」

「うん、ちょっとクラスメイトのお見舞い行ってて」


 玄関で靴を脱ぎながら声を張り上げると、すぐにザクロが返事をしてくれた。

 クラスメイトのお見舞いという言葉に反応したザクロの目がほんの少し丸くなり、質問が投げられる。

 

「ふーん、誰の?」

「えーっと、朝霧くん。転入生の」

「え、男?」

「まあ」


 限界まで目を見張ったザクロが、手にしていたマンガを近くにあった手ごろなテーブルに置いて、言葉を重ねた。


「お姉ちゃん、本当に恋とかないよね?」

「ないない、あるわけないじゃん」

「一昨日はそれで納得したけど、なーんか怪しいんだよねえ。……じゃあ質問の仕方を変えるけど、朝霧って人とお姉ちゃんはどんな関係?お姉ちゃんは、その人のことどう思ってるの?」


 ザクロからの質問に、私は頭を悩ませる。


(友達っていうほど話してないし、しゃべるようになってからの日数もまだ少ないしなあ……。朝霧くんとの関係かあ、なんて言ったらいいんだろう)

 

「だから、ただのクラスメイトだよ。仲良くなりたいって思ってるけど、朝霧くん無口だし無表情だから……内心鬱陶しいって思われてるかもしれないなあ」


 少し考えてそう言うと、ザクロは「そっかー」と大仰にうなずいた。


「わたし、応援するよ、お姉ちゃんのこと!友達になれるといいねっ」

「ありがと、ザクロ!なんとなくなんだけど、ザクロも仲良くなりたい子、いるの?」


 今度は私が尋ねると、ザクロはちょっと照れたようにへへっと笑った。


「お姉ちゃんには何でもバレちゃうよね、昔から。姉の勘ってやつ?……その子、今日転入してきたんだけど、一匹狼の美人さんなの。誰にでもいい顔しちゃうわたしとは、大違い」


 最後の一言は消え入りそうなくらい小さかったけれど、近くにいた私の耳にはしっかり届いた。

 ザクロの隣に腰かけて、静かに話に耳を傾ける。


「その子、南雲なぐもさんっていうんだけどね、自分を貫いているって感じで、すっごくカッコいいの。うらやましいなあって思っちゃった。……それでね!休み時間に読んでいた本、わたしも好きな作家さんの新作だったの。だから、仲良くなりたいなって思って」


 私は、ぎゅっとザクロの手を握って、にっこり笑った。


「めっちゃいいと思う!私も、応援してるね!」

「うん、ありがと、お姉ちゃん。わたし、明日、勇気出して話しかけてみるよ!おはようってあいさつしてみる!」

「うんうん、いいね!頑張って!わー、なんか青春って感じだー!」


 ザクロと二人できゃいきゃいとはしゃぐ。

 頑張ってターゲット(私は朝霧くん、ザクロは南雲さん)と仲良しになろうという『お友達同盟』を結成して、その日は眠りについた。

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