第2話蜘蛛の子
一方、蜘蛛の子は夜の闇の中で、目を爛々とさせて狩りに勤しんでいた。蜘蛛は夜行性なのだ。人が寝静まった夜に、一際立派な巣を張り巡らして待機していた。少し、人が光るように置いているライトの近くなんかが一等地だ。光を求めた虫たちが、一斉に集まってくるから食べ放題ってわけだ。
でも、蜘蛛の子はどんな虫でも太刀打ちできるほど大きくないし、先輩たちを敵にまわしてまでハンティングできる能力もない。それに、先輩たちは同族にも見境ないから、気をつけなくちゃぁいけない。
蜘蛛の子は、お母さんから離れてまだ一週間も経っていないのに、たんぽぽたちの親子の会話を聞いて、もうホームシックになっていた。巣についたごはんの糸巻きの仕方、食べ方、巣の修繕の仕方。全部手取り足取り教えてくれた優しい自分のお母さんを思い出したのだった。餌が少ない時は、多めに蜘蛛の子に餌を分けてくれた。朝露で、水を飲む方法や、露の中に取り込まれてしまわないように注意する方法も教えてもらった。大好きで、優しい優しいおかあさん。でも、時期が来たら、お母さんは、ごはんと子供の見境がつかなくなってしまう。
泣きながら逃げて辿り着いたのは、野原のようなガーデンだった。空腹だったが、アリには手を出せなかった。古からの知恵が、ありのチームプレイと数の暴力について警告を発していたからだ。
お尻から糸をだして風に漂わせると、少し高い枝に糸がくっついた。スルスルと登って、初めて、ちいさなちいさな、でも蜘蛛の子には十分な巣を張った。さっそく羽虫をハントして、空腹を満たした。あれが、初めての1人での食事だった。
そんなことを思い出して、ぽろり、と涙が溢れた。優しいお母さん。たくさんのことを教えてくれた。親離れまで、あっという間だったなぁ。いつか、お母さんみたいに大きくて立派な巣の家主になる。泣きながら、せっせと食べていたら、いつの間にか巣は、羽虫や小虫の手足や触覚、羽だらけになっていた。
「あらいけない。わたしったら、もうこんなに食べたのね」
朝日が昇って眠気がさして、蜘蛛の子はいそいそと巣と自分の手を糸で繋いだまま、葉の影に隠れて眠った。
2、3時間眠っただろうか。巣からぷつん!と糸が切れる嫌な感触がした。のそのそ這い出してみると、朝のルーティンのように、子猫が巣に顔から突っ込んで毛繕いをしていた。
「あ、おはよう」
「おはようじゃないわ――!!」
あの頃に比べたら立派な巣を壊されて、蜘蛛の子はご立腹だ。
「なんなのあなた。毎度毎度顔から巣に突っ込んできて!」
「飛んで火にいる夏の虫ってね」
「今は夏じゃないしあんたは一ミリも栄養にならないのよ!」
「だって、アゲハ蝶が留まっていたんだもん」
――それ、わたしのごはん!!しかも、最高級の!!
蜘蛛の子が絶句しているのを無視して、子猫はいう。
「もうちょっと。あともうちょっとだったんだけどなぁあ」
子猫が毎度毎度朝のルーティンのように、蜘蛛の子の巣を壊す理由がこれで判明した。巣に張り付いてしまった虫たちに悪戯を仕掛けているからだった。
――子猫より高いところで巣を張らねばならない。
諦めと共に、蜘蛛の子はそう決意した。
これが、子猫のやる気をみなぎらせる結末になったのは言うまでもない。
子猫は驚異の足のバネで、自分の身長よりも高いところでもやすやすと巣を壊した。もう蜘蛛の子は、ジャンプ力を鍛える子猫のトレーナーの気持ちを味わっていた。
「すごいね。子猫って。他にすることはないのかな?」
うふふっと微笑みを浮かべて呟いた蜘蛛に、目を覚ましたたんぽぽから無情な声がした。
「ないんじゃない?」
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