scene.4

「おお、忘れるところであったわ」

 えっ、なんだ、まだ何かあるのか?

「マモル殿。素顔が見えぬと言うのも、こちらとしてはちと寂しい。その兜……でよいのかな、それを外して、顔を見せてもらえぬか」

「……っ」

 な、なんだ? またこっちを探るような気配が増えた……!

 オッサンたちやどっかに隠れて見えない気配からも、王様から感じる気配も……!

「……理由をお訊ねしても?」

 やべえ、ちょっと声が裏返った。動揺してるのが伝わっちまったかな?

 でも訊いておかないといけないという衝動に駆られたんだ。

 俺の疑問に、王様は顎をさすりながら言った。

「ふむ。召喚されし勇者の顔を見たいというのは、いけないことかのう」

 ……そうきたか。

 確かに、偉い人相手にいつまでもメットを被りっぱなしってのは、心証が悪いってのは分かる。

 ……でも、本当にメットを外して平気なのか?

 外した瞬間、ジ・エンドってね。みたいなことにならないだろうな!?

 俺はまだ死にたくねえぞ。まだ夢のスタートラインにすら立ててないってのに……!


 〝大丈夫。君にはワタシの加護があると言っただろう?〟


 うわ、またあの声が!

 何が大丈夫なんだよ!


 〝大丈夫、大丈夫。ひとまず、今は言うとおりにしてごらん〟


 ……えぇ~……? もしそれで大丈夫じゃなかったら恨むからな、謎の声Aさんよぉ……。

「マモル殿、どうかな?」

 ……あ――も――――! こうなりゃヤケだよ!!

「……分かりました」

 そう言って、俺はメットの後ろ首に手をやる。

 昔よりも格段に手間はなくなったという留め具を外して、メットに手をかけた。

 心臓がバクバクする。キャリア一年目に、現場であわや重体になるかもしれないところだった時以来の危機感すら感じている。

 無意識に俺は目を閉じていた。余計に俺の心臓の音やら、周囲の気配、王様から発せられる不穏な重圧がよく感じられてしまって、余計に緊張が増える。

(……レッドセイバーの加護神、古の大英雄、俺にも加護をください……!)

 レッドセイバーにとってのキーマンにして精神世界での師匠、古代の皇族にして日本平定に従事した英雄、ヤマトタケルノミコトに、遠い遠い異世界から念を飛ばしつつ。

 俺は深く息を吐いてから、メットを持ち上げて、……外す。

「……ほう」

 誰の声か、何の意図かも分からない声が聞こえた。

 この場の全員からの注目が俺の首から上に集まる。

 ……さあ、どうなる? でもアークセイバーズの撮影現場に戻りたいから死にたくねえなあ……。

 と思いながら目を開くと。

「……え?」

 全員、どことなく安心だったり納得だったりしたような顔をしている。

 だが俺はそれどころではなく。

(……なんだ? この謎の煌めきは……?)

 さっきまではなかったはずの、色とりどりの光に満ちあふれてる。

「ほう」

 王様の声で、俺は我に返った。

 が、そっちを見ると黒い

 ………………ん? 何だって???

「それに、身長や体格の割には精悍な顔つき。きっとそなたは良き戦士になれるであろう」

 突然視界に現れた煌めきたちと、王様の発言。二重の要因で事態が飲み込めず、俺はぽかんとするしかなかった。

 ……まあいい、まず髪と目から処理しよう。

 俺の両親は共に、黒髪黒目の典型的な日本人だ。両家の祖父母も、若い頃の写真を見る限りそう。親戚も、従兄弟も、みんなそう。

 だから俺も普通に黒髪黒目。……だったはずだ。

 なのに、そうじゃなくなってるって、どういうことなんだ!?


 〝気にしない、気にしない〟


 ……お前が言うな!!

「マモル殿、ではこれからよろしく頼むぞ」

 王様が納得したような雰囲気を醸し出したところで、俺は気力を振り絞って訊く。

「……もう一つ、よろしいですか?」

「む? 何かな」

「……私は元の世界に帰れますか?」

 帰ることが出来れば、アークセイバーズの撮影にはもう間に合わなくても、別の作品に何らかの形で参加出来るかもしれないし。

 そう思って質問を投げかけると、王様はさらりと宣った。

「帰還の術はない」

「……は?」

 がん、と頭をぶん殴られた気分だ。

 何がショックかって、今の王様の態度で、勝手に拉致しておきながら自分たちは一切悪くありませ~んと思っているのが丸わかりになったからだ。

「そなたは、この世界を救うために召喚されたのだ。それで良いではないか。戦士としての栄誉も、男としての悦楽も、この世界ではそなたの望むままだぞ」

 ――……ふざけんな、そんなもんいるか……!

 俺が、俺が望んでいるのは、ファンに戦隊やジョッキーを心から楽しんでもらえる、そんなスーツアクターでい続けることだったのに……!

 俺は歯を食いしばりながら俯いた。これ以上王様の姿を視界に入れていたら、後先を考えないで何をしでかすか、自分で分からなくなったからだ。

「……マモル殿。今日は召喚で疲れたであろう。ゆるりと休まれるがよい、部屋は用意してある」

「……ご配慮、痛み入ります」

 俺は絞り出すように言った。溜め息もつく。

 もう俺の精神的なライフはゼロだ……。

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