第6話 ゴブリン退治 1 

ゴブリンは基本集団で動き、独自のコミュニティを形成している。それぞれに役割が与えられていて、例えば巣を警備する係、食糧を調達する係など様々である。人間がゴブリンの生態について詳しいのは、特に被害が多い地域へ専門の冒険者を雇い、調査したからである。ゴブリンは基本、洞窟や木立に巣を作る。木立の場合は、まだ範囲を特定しやすいが、洞窟の場合は、地下には無限に巣が広がっている。ある時、ギルドが数十チームもの冒険者パーティーを雇い、一斉に調査させた。ゴブリンの巣がどのように広がっているのか生態調査したのだ。しかし、帰ってきたのは、一つのパーティーだけであった。それも5人中2人と半壊状態であった。洞窟の中は侵入者から巣を守る為の罠がいくつも張り巡らされていたようである。事態を重く見たギルドは暫く、洞窟内でのゴブリン退治を禁止した。どうしても、洞窟内に入らなければならない理由がある場合は、Aランクパーティー以上の冒険者の同行が必要となった。


 森の奥に進みながら、ユニは俺の言葉に静かに耳を傾けていた。表情には緊張が感じられ、話が終わった後にごくりと唾を飲み込んだ。


「そ、そんなに恐ろしい魔物なんですね、ゴブリンは‥‥」


 ユニは、手に持っている棍棒のグリップ部分を軽く握り直した。自分がこれから討伐しようとしている魔物の恐ろしさを知って動揺しているのが分かる。少し怖がらせてしまったか?必要以上に肩に力が入っているようだ。恐怖は、確実に任務を成功させる為の武器になるが、必要以上の恐怖は邪魔なものとなる。


「ユニ、大丈夫だよ。今回のゴブリンは木立に生息しているし、この森の魔物は、全体的に個体が弱いものばかりで、比較的大人しいんだ」


 彼女は少し安堵したようだったが、自分があからさまに気を使われた事に気づき、頬を赤らめた。ついさっき自分に見せた覚悟や度胸から、かけ離れた態度であったからであろう。


「気にする事はないよ。誰だって魔物退治は怖いものだよ。俺も必要以上に怖がらせて悪かった」


 暫く進むと、俺はある物を見つけて、自分の斜め後ろを歩くユニを手を広げて制止した。彼女も気づき、そっと身を屈める。そして二人で物音を立てないようにそっと近づいた。それは、生き物の骨で出来た小さな門のようであった。その近くの大きな木には、まるで縄張りを示すように傷がついていた。


 俺はそっと骨で出来た門を調べてみた。動物の背骨と肋骨を、ロープできつく巻き、固定した奇妙な物体であったが、幸い人骨ではなさそうだった。ユニも最初は距離を取っていたが、意を決して近づいてきた。


「ユニ、ここから先が彼らの縄張りだよ」

「は、はい」


 ユニは、目の前の木々が生い茂る先をじっと見つめた。ここから先は、より大きな木が目立ち、木々がより鬱蒼と茂っている。ついさっきクスミンの葉を採取していた時とは違って、光が差し込まず、辺りは暗くなって思わず吸い込まれそうになる。突然、静まり返った森の中で一羽の鳥がぎゃあぎゃあと鳴き、驚きのあまり、一歩後ずさってしまっていた。


 俺は、後ろを振り向き、優しい声で彼女に話しかけた。


「大丈夫だよ。きちんとした知識を持てば、ゴブリンも怖くない」


 棍棒を持つ手がわずかに震えている。ユニはぎゅっと目を閉じた。深く深呼吸をして、数秒した後、ゆっくりと目を開けると怯えた表情は無くなっていた。どうやら覚悟を決めたようだ。


「い、行きます!」


 そう言うと奇妙な骨で出来た門の境界を大股で乗り越えて前に進んでいく。彼女が頼もしく思え、俺は気づかれないように静かに微笑んだ。しかし、ゴブリンの巣を歩くには、慎重でなければならない。彼女の立ち回りは不正解であったので、軽く注意した。注意された彼女の顔は、出鼻をくじかれ、きょとんとしていた。


 俺とユニは、腰を低くしたままの姿勢を維持して、木々に隠れながら慎重に森の奥を歩いていく。長年【盗賊】をやってきたので、音を消す魔法を使わずとも、極限まで足音を消して歩くのは、難しい事でない。しかし、ユニは慣れていないのでどうしても足音が漏れてしまっていた。俺は振り返り、彼女にアドバイスした。


「ユニ、音を消す事に集中するんじゃない。足元ばかり見ていないで、全体に常に気を配るんだ」


 小声で彼女に話す。ユニは静かに頷き、全体を見る事に集中し始めた。


 正直、彼女がスキルや魔法も使わずに、盗賊達が驚く程音を消して歩けるようになる事は、【盗賊】に職を変えないかぎりほぼ無理であろう。それよりももっと大事な事がある。例えば、より大きな音を対象の前で立ててしまう事。木々から落ちた枝を注意せずに踏んでしまい、魔物に気づかれてしまうドジを踏んだ新人を見た事がある。まあ、それは自分もやった事があるから、人の事をとやかく言えないのだが‥‥‥。


 他にあるとすれば、不注意であるがゆえに、魔物が仕掛けた罠に気づかずに嵌ってしまう事である。ゴブリンは賢く、多くの罠を仕掛け冒険者達を苦しめるが、全体的に器用ではない。相手がどれだけ苦しんで死ぬか想像して残虐な罠を作れるが、実は、殆どがよく見れば、気づき回避できるものが多い。自分には魔物の心は理解できないが、対象を利用し、慣れればゴブリンを自身が仕掛けた罠に嵌める事も出来る。


 知識は、知っているだけ強さになる。知識に溺れるという事もあるが、基本的には自分にとって有利に働く事が多いのだ。彼女には出来るだけ覚えておいてほしい。


 気づくと、ユニは森全体を見る事に集中していた。片手をお凸に付けて、遠くを見る仕草をしている。耳を澄ませ、目だけでなく、耳からも情報を探ろうとしている。


「‥‥‥この辺りには、ゴブリンは、今はいませんね」

「そうだね」


 早速、自分の教えた知識を使いこなしている。俺は内心嬉しかった。それにおそらくであるが、彼女はかなり物覚えが早い方かもしれない。とても素直で、もしかしたら半年で俺が持っている大半の知識を吸収出来るかもしれない。俺が密かに期待していると、不意にユニが小声で話しかけてきた。


「先生、あの木の根元‥‥‥」


 ユニが指さした先を見る。木の根が途中で地面から出てアーチ状の形を保っている。その根に引っかかるように少し太めの木の枝が挟まっている。よく見ると、木の枝にはロープが巻かれていて上まで伸びていた。ロープを目で辿っていくと、葉に隠れるように大きな丸太がぶら下がっていた。


「あれは、完全に罠だな。凄いなユニ、良く見つけたね」


 急に褒められて、彼女は照れた。少し誇らしげでもあった。実際は、丸太をぶら下げた木の枝の罠は、木々から落ちた葉と、長く伸びた草で隠されていた。しかし、ゴブリンなりに工夫したのだろうが、隠し方がかなり雑である。といってもこれは、ゴブリンの罠の中ではかなり気づきにくい方ではある。良く見つけたと素直に褒めても良いだろう。


 そして、ここに罠があるという事は、この辺りはすでに、ゴブリンが見回りに来るルートである事を示していた。その事もユニに知らせると、褒められて少し浮かれていた顔から、緊張感が漂い始めた。


「先生、これからどうしましょうか?」


 不意に下を見ると、うっすらであるが、足跡を見つけた。小さく、靴の履いていない。裸足だ。間違えなくゴブリンの足跡である。彼らは知恵はあるが、こういう所には頭が回らない。この足跡を辿っていけば、ゴブリンの巣の中心に行けるだろう。


「成程、足跡を追いかけるんですね」


 ユニが横に並び、そっと話しかけてきた。状況から判断し、さらに経験と知識を蓄えていく。俺は、彼女を早く一人前の冒険者に育ててあげたいという気持ちが強くなった。長くもう弟子は取らないと考えていたが、自分の教え子が一つ、また一つと知識を蓄えていくのは、直接彼女には言えないが、本人よりも楽しいかもしれない。


「ああ、そうだね。でも、いつ魔物に出くわすか分からないから、このまま慎重に進もう」


 最初は本意ではなかったとしても、せっかくできた弟子なんだ。つまらない依頼で死んでほしくない。そんな想いが強くなり、少し強めにユニに念を押してしまった。


 俺の気持ちに気づいたのか分からないが、彼女は小さく首を傾けた。暫くして彼女は答えた。


「はい、先生。行きましょう」


 俺とユニは周りを警戒しながら、慎重にゴブリンの足跡を辿っていった。

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