第5話 ポーション錬成
怪しい武器屋を出た後、俺とユニがギルドへ寄った。今、どのような依頼が来ているか確認する為だ。ファルーザの底に行くのもいいが、出来るだけ安全な依頼にしたいな。ユニの実力も正確に分からないし。
しばらく、ギルドの掲示板を見つめていたが、丁度いい依頼を見つけ、その張り紙を手に取った。ゴブリン退治だ。場所は、昨日薬草を集めていた森であった。
あの場所なら、そんなに強い魔物もいないから安全に金稼ぎができるだろう。加えて調合に必要な素材が豊富であるから、ユニにポーションなどの作り方を教える事が出来る。
「ユニ、依頼が決まったよ。ゴブリン退治にしよう」
「はい」
ギルドを出て、アトモンド付近の森に向かっていく。森に中へ入ると、魔物の気配は無く、木々の枝と枝とが触れ合う音だけが聞こえ、心地いい日の光に照らされた。辺りを見ると、クスミンの葉が見えた。
「よし、ユニ。まずは、クスミンの葉を探そうか」
そう言って、俺は、クスミンの葉を手に取り、ユニに見せて葉の匂いを嗅がせた。ほんのり甘い匂いがする葉に彼女は興味深々であった。
「この葉は、何に使うのでしょうか?」
「ポーションの材料になるんだよ。これだけじゃ足りないけどね。よし、手分けして近くにあるクスミンの葉を探しに行こうか。あまり遠くにいっちゃダメだよ」
ユニと別れて、クスミンの葉探しが始まる。拠点を決めて、辺りを歩き回ると、川に出た。ここで魚を釣れそうだな。またここに来た時に食料の調達をするか。
ある程度、クスミンの葉を取り戻ってくると、ユニが葉を齧り、味見している場面に出くわした。俺は苦笑して彼女に話しかける。
「味はどうだい?」
「ちょっと甘いですが、苦みもあります。変な感じです」
ユニは葉を一齧りして、顔をしかめた。彼女の一挙一動が面白く、懐かしくもあった。それを見て、自分も冒険者を始めた頃を思い出す。あの頃は、何もかもが新鮮で、楽しかった。ユニも同じ想いを抱いているのだろうか?
「ユニ、調合を始めるからちょっと来てもらえるかい?」
「ふぁい」
口にクスミンの葉を加えながら、彼女がやって来た。俺は、乳鉢と乳棒を取り出した。
「いいかい、この道具で、今からポーションを作ってみるよ。ユ二は俺の行う通りにやってみて」
「はい」
クスミンの葉を細かく手で破き、乳鉢に入れ、乳棒でさらに砕いていく。一連の動作をした後、ユニに任せて同じことをさせてみる。彼女は慣れない動きで乳棒を使い始めた。ポーションを作るというのも一般の冒険者では、結構当たり前の知識であると思っていたけど、最近ではそうではないのか?ユニは荷物持ちを任されていたらしいから、単純に知識が無かっただけかもしれないが。
「ユニ、君のパーティーには錬金術の知識のあるメンバーはいたかい?」
ユニは、少し左手を顎にぴとっとつけて考える仕草をした。
「いえ、いなかったと思います。ポーションなどの消耗品は全て購入していました。」
成程。近年では、新米冒険者が増えているが、それに伴い、専門の錬金術師も増えている。ギルドの中では、錬金術に必要な素材の調達依頼を増え、新米冒険者がその依頼をこなしている事が多いのだ。おかげで、今ではポーションやエーテルも店で安く手に入れる事が出来る。だからなのか、最近の冒険者には錬金術の知識が必ずしも必要ないのかもいれない。
昔は、アイテムの供給が十分でなく、ダンジョンの中で素材を集めてアイテムを作製する事も多かったのだがな。ふと、空を見上げて新米冒険者の頃を懐かしんでいた。
「先生?」
ユニが不思議そうに首を傾げ、自分の顔を見てくる。彼女の言葉で現実に戻された俺は、慌てて横に手を振り、笑顔を作った。
「な、なんでもないよ」
「そうですか」
そういうと、ユニは再び乳棒を使い、先程の動作に戻った。俺は、乳鉢に視線を向けた。もう十分クスミンの葉を粉々に砕けてきている。次の段階に入ってもよさそうだ。
「ユニ、クスミンの葉はもう十分かな。次のステップに入ろう」
「はい」
ユニの言葉を聞いて、俺は鞄からポーションの調合に必要なもう一つの素材を取り出した。それは、クスミンの葉と同様にこの森で取れるオルフサダケと呼ばれる青い斑点のあるキノコである。先程、クスミンの葉を探すのと同時に採取しておいたのだ。そのオルフサダケをユニに見せる。彼女は、そっとそれを受け取る。
「食べないでよ」
考えていた事を当てられたからか、ちょっと驚いた後、恥ずかしそうにしている彼女を見て、静かに笑った。
「このキノコも、すり潰すんですか?」
「そうだね。さっきのクスミンの葉のように細かく千切ってから乳棒を使うんだよ」
ユニは、言われた通りにオルフサダケを細かく千切り始める。俺は、横目でその姿を観察した。とても素直で教えやすい子だなと思った。冒険者を始めてまだ、一年程らしいが、この調子で自分の冒険者としての知識を教えていけば、かなり成長が早いのではないかと考えた。現在の新人がほとんど知らないであろう錬金術の知識があるのは、大きなアドバンテージとなるだろう。
細かく千切り終えたオルフサダケを今度は、乳棒でゆっくりとすり潰し始める。クスミンの葉の緑にオルフサダケの青が混ざり、澄んだ青緑の神秘的な色合いに変化していく。ユニはそれを不思議そうに見つめる。やがて、乳鉢の中が薄く輝き始めた。そろそろ良いかな。
「先生、これは?」
「うん、完成だね。後は‥‥‥」
そっと革袋に入れた水を少量、乳鉢の中へ垂らした。クスミンの葉を探している時に立ち寄った川で、補給した水である。青緑色の粉が水と混ざり、より一層輝きを増した。俺は、鞄の中からポーション用の瓶を取り出すと、乳鉢から瓶に出来上がったばかりのポーションをそっと移した。さらに、その瓶を軽く振って完全に混ざり合わせ、蓋をする。これで、一つ出来上がりだ。
ポーションを入れた瓶をユニに渡す。彼女は、それを軽く振って輝く青緑の液体をじっと見つめている。冒険者になってからポーションを使った事がない者などいないだろう。しかし、それは今まで店で購入した品ばかりのはずだ。自分の手で錬成したばかりのアイテムを見る彼女の目は、瞳孔が開き目を輝かせているように見える。好奇心で一杯の彼女には、今まで蓄えた自分の知識を惜しみなく教えてあげたい。そう思ったが、その前に確認しておかなければならない事がある。
「ユニ」
名を呼ばれて、彼女は自分の方へ顔を向ける。いつになく真剣な表情に、少し怯えた表情をした。
「せ、先生? どうしたんですか?」
「この森に入った一番の理由を覚えているかい? ゴブリン退治だ」
俺の言葉に、緊張が走ったが、一瞬の事だった。その後にゆっくりと覚悟を決めた顔と、これは意外だったがこれから始まるゴブリン退治への挑戦を楽しんでいるかのような興奮を感じ取った。ユニは両手を顔の前に差し出すとぐっと握りこぶしを作った。
「実践ですね。先生!」
「あ、ああ」
笑顔さえ浮かべるユニに俺は困惑する。こういう言い方をするとユニに失礼かもしれないが、多少怖じ気づくとさえ思っていた。
「私、パーティーの皆が戦う後ろで回復魔法しか使ってなかったから、戦闘経験がほとんど無くて‥‥」
彼女は下を向き、約一年所属していたパーティーメンバーとの日々を思い出しているようだった。
「だから私、今の自分がどこまで出来るのか楽しみなんです」
「そうか」
俺は、思わず微笑んだ。ユニは自分が思っている以上に肝が据わっているようだ。ユニの覚悟や度胸も大したものだと思うが、何よりも冒険を楽しもうとする姿勢に共感した。だが、冒険とは楽しい事ばかりではない。
「ユニ、君の心意気は買うけど、冒険者とは度胸だけでやっていけるものじゃない。どんなに弱い魔物でも死と隣り合わせの危険性がある。今回討伐するのはゴブリンだけど、危険な魔物である事には変わりない」
ユニは、真剣に俺の言葉に耳を傾けている。時々、ふんふんと少し大げさな相槌を打っている。
「君の武器もまだ出来上がっていなくて、即席で作成した棍棒なのも考慮しなくてはね。基本的に一体ずつ仕留めていくのが一番安全だけど。まあ、そこは実践で直接教えた方が分かりやすいかな。とにかく移動ししようか」
「はい!」
俺はユニの合意を得ると、森の奥を指さし、歩き始めた。
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