9節.悪徳領主の双子姫
庭に出たはいいものの、夕刻間際だからか、やはり外は寒かった。
俺はスーツのポケットに手を突っ込んで肩を竦めた。
城の中庭であろう空間は、草花の手入れがきちんと行き届いていた。
4つある棟を繋ぐ回廊が庭を囲んでグルリと一周している。
俺は手持無沙汰に、座り込んでタンポポの花をぼーっと眺めていた。
その時だった。
「———許さない!」
本棟の扉が吹き飛ぶかのように開かれた。
同時に見たこともないくらいに美しい童女が現れた。
俺と同じ3歳くらいだろうか。
銀の髪に金のティアラを着け、雪のように白いドレスを身に纏っていた。
なんという高飛車お嬢様を絵に描いたような姿。
胸を張って、ピンク色の唇を一文字に結んで仁王立ちしている。
深紅に染まった瞳が怒りに燃えている。
「あの髪結い、絶対に後で殺してやるわ!」
銀髪のお嬢様は自分の前髪を手に取って地団太を踏んだ。
「許さない! 許さない! 絶対に許さないわ!」
何を怒っているのか知らんが、お嬢様の目に俺は映っていない。
好都合だ。
巻き込まれてもなんだ。
即退散しよう、と踵を返しかけたところだった。
「落ち着きなさいよ。たかが前髪をほんの少し長めに切られたくらいで大袈裟な」
今度は落ち着いた声だった。
俺は思わず逃げる足を止めてしまった。
銀髪の子と『同じく』、前世含め見たこともないくらいに美しい童女だった。
———双子なのか?
髪の毛は濡れたように光る漆黒だったが、女の子は二人とも同じ顔をしている。
俺はこの世界に生まれてから、一度も黒髪の人に出会ったことがなかった。
思わずマジマジと見てしまう。
「でもお姉さま! せっかくの晴れ舞台なのに! どうして私がこんな恥ずかしい思いをしなくちゃいけないの!」
「あら? 何も恥ずかしがることはないわ。いつも通りあなたは私の次に美しい。いえ、ドレスで着飾ったあなたはいつも以上に輝いている。自信を持ちなさい」
冷然とした姿は年齢に相応しくない。
吹雪のように凍てついたアメジストの瞳。
黒髪のお嬢様は同じく銀のティアラと、黒と紫を基調としたドレスを身に纏っていた。
「でもでもでも! 死刑にしたくてたまらないわ!」
「それはやりすぎよ。せめて罰金、増税で許してあげたら?」
「そうね! 増税がいいわ! あいつの故郷の村も同罪よ! お父様に頼んで税率を5割引き上げてやるわ!」
「あら、優しい。私だったら10割増しよ」
なんか怖い話してるー。
やばい。
関わりたくなくてたまらない。
「キャハハ! 増税♪ 増税♪」
「それにしても、魔力を測るだけの確定申告の場で、着飾る意味が理解できないわ。領内の騎士の子供達を集めて私達のお披露目をしたいだけじゃないのかしら。しきたりだからしょうがないかもしれないけど」
「えー! 私はオシャレをするの楽しいわ! 同い年の子達に会えるのも楽しみ! だって将来私の手駒になる奴らなんでしょ。今のうちにちゃんと躾けておかなきゃ!」
「あなたの? ……いいえ、今はそんなことより、もうすぐ確定申告が始まるらしいから。早く指定の位置に戻るわよ。遅れたらいくらお父様でもお怒りになるわ」
「平気よ! だってお父様ってすんごくノロマなんだもの。ぶくぶく太ってまるで風船みたい。アハハハハ!」
「まぁね。領主の威厳もあったもんじゃない。騎士を率いる貴族の中の貴族だって言うならもっとちゃんとしてほしいものだけど」
俺はガーデニングされた草木の影から、お嬢様方の話を聞いていた。
ってか、もしかしなくても、こいつら領主の娘!?
どおりで高貴なオーラを放っているわけだ。
血筋からして違うわけだ。
会話から察するに、黒髪の子が姉で、銀髪の子が妹のようだった。
「でも、お姉さま。なぜかお父様ってば、最近ピリピリしてるわよね?」
「ええ。領内で民の反乱が続いているからね。この確定申告の場で保護者の騎士達に気を引き締めるよう訓令するとかなんとか言っていたわ」
「アハハハハ! 魔力のほとんどないゴミみたいな奴らが調子に乗っているのね。すぐ鎮圧されるでしょうに、本当にしょうもないわ!」
「魔力のないゴミ……、いえ、そうね。まったくそのとおり。無駄な努力だわ」
双子の姉妹は会話を続けながら、ホールに向けて回廊を歩き始めた。
カツンカツンと、ヒールの音が近づき始める。
どうか俺が隠れているのがバレませんように。
俺は祈りながら隠れていた。
黒髪のお嬢様が、俺の方に視線を少し向けたが、何も言わずに去っていった。
俺は双子の後ろ姿を見ながら、なぜか言いようのない将来の不安を覚えていた。
「悪徳領主の娘……いや、双子のお嬢様だったか。ますますやべぇな、この領地」
将来、引っ越しを考えたほうがいいのかもしれない。
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