六王連合

帯刀 撫臼

1章

1話 ふと目が覚めるように蘇生した

 ふと気が付けばそこに居た。本当に唐突に、俺は自分を認識した。


 俺の名はヴィゴ。自分の名前は分かるが、それ以外はほとんど何も思い出せない。


 足元に広がる魔法陣を見て、どうやら自分は呼び出されたのだと思う。


「蘇りし古代の王たちよ!」


 魔術師のような風貌をした男の声が響き、そこでようやく俺は周りを気にし始める。


 コイツは誰だろうか? 

 ここはどこだろうか? 


 何も見覚えはない。


「かつて隆盛りゅうせいを極めた古代の偉大なる王達よ! 時を越え、お目通り叶うこと誠に光栄でございます!」


 ローブを深々と被った男はスラスラと挨拶を述べていく。


 ……俺が王? とにかく何も覚えていないのだ。


 部屋を見渡せば俺と同じような状況の男女が五人いることが分かった。


 自分と同じく魔法陣の中央に立っている。

 つい先ほど目覚めたのか蘇ったのか、混乱した顔で様子を見ている。


 その五人は全員が美男美女であった。


 彼ら彼女らの姿を見て、ようやく自分自身にも起きている事だと気付いたのだが、召喚された者たちは裸だった。


 俺から見て左の、赤髪の勝ち気な顔をした少年が裸のまま吠える。


「オイ!! 誰だァ? おまえ!!」


 まるで言葉が空気を揺らしたのかと錯覚するほどに圧力がある。


 気圧されたローブの男は口を閉じた。次に語る言葉を探しているように見える。


 短い沈黙の間に俺は他の4人を観察する。


 赤髪の少年の奥、銀髪の少女はどこか様子がおかしかった。


 姿に関して言えばおかしなところはない。世の男の妄想を体現するような体つき、女性が持つ美の終着点が彼女だと言っても大げさではないかも知れない。


 長く伸びた銀の髪はほのかに光るように美しく、混じりけの無い純白は処女雪のような清らかさを有している。


 おかしい所はその顔付きだった。喜色満面きしょくまんめんでキョロキョロと辺りを窺っている。戸惑いは覚えながらも、何か好物を目の前にしたような顔つきが不思議だった。


 次に、俺から見て正面、最も距離の離れたところに立つ金髪の少女……いや、少年だった。


 胸の位置をゆうに超す艶やかな金髪。

 整った相貌に女と見間違うところだったが、その腰にある一物はとてつもなく男であった。


 長い金髪の少年は感情の読めない無表情のまま辺りを観察している。


 視線の動かし方から彼もまた事態について動揺を覚えているようだったが、表情筋に乏しいのか眉の一つも動かさない。まるで作りの良い人形のように感じた。


 次、金髪の少年の右隣は金髪の少女だった。

 同じ金色でもこちらの物は色が明るく、白に近いような色味をしている。


 背の低さや発育状況から見るところ、前の三人より明確に年下だろう。


 金髪の少年とは違った意味で無表情だった。


 事態がまるで飲み込めていないのか、ぽやっとした締まりのない顔、口も半開きだ。警戒心の薄そうなところもまた未熟で幼いを印象を持つ。


 六人目、最後は俺の右隣に居る茶髪の少女だ。


 銀髪の少女ほどではないにしても、均整のとれた体つきをしている。手足が長く、背も高い。肩に少しかかる長さの髪、涼やかな目元と柔和な顔つき。


 この六人の中で唯一、手でもって体の局所を隠しているのが茶髪の彼女だった。


 眉間を寄せたその表情から混乱以上に警戒を強く表しているのが見て取れた。物も言わずじっと観察をしている様から、この中では比較的まともな人間性をしているのではないだろうか。


「おい、いつまで黙ってやがる! 誰なんだよ! お前はよォ!?」


 わずかな沈黙の間、蘇ったらしい面々を確認し終えたと同時に、赤髪は再び吠えた。


 あまり堪え性のない性格なのだろう。赤い髪と赤い瞳を持つ彼は燃え盛る炎から生まれ出でたような印象がある。


「……黒鉄くろがねの王よ。どうか怒りを抑えてくださいませ。ただいま説明させて頂きます。わたしは――」

「だからここは! どこだって聞いてんだよコノ野郎!」


 いや、いま応えようとしていただろう。

 それに「お前は誰だ」と聞いていたじゃないか。

 どうして場所の話になっているんだ。


 胸中で赤髪の少年に指摘をする。

 この短いやり取りだけでも赤髪のおおよその性格は伺い知れるところだ。


「お、王よ! どうか鎮まりたまえ……。いまこの場は非常に不安定な力の均衡の上に成り立っております。あなた様たち六人を蘇らせるのに莫大な量の魔力と途方もない高等な魔術式が組み上げ――」


「うるっせーんだよ! だから誰なんだよオメーはよぉ!?」


「場所」よりも「誰?」の方が、やや気になるのだろうか。


 獅子ししが吠えたような大声が空間に響く。


 自分に向けられた物ではなくとも、肌がびりびりと震えるのを感じていた。内容と知性はさて置き、こうも迫力があれば赤髪の少年が只者でないことは分かる。


「計器が限界値を突破しております!」


 どこからともなく割り込んできた声の出どころは頭上からだった。

 その声を聞いたローブの男は明らかに狼狽ろうばいして返事をする。


「何番だ!? 使える物は全て使って構わん! どうにかして持たせろ!」


「おいお前! なに言ってんだコラ! それは俺に命令してんのか!?」


 いや絶対にお前には言ってないだろう。


 何をどう聞けば急に赤髪に話が振られたと思うのだろうか。このまま黙っていると一向に話が進まなさそうなので割って入ろうとしたその時だった。


「――ダメです! もう持ちません!」


 その言葉を皮切りにズン、と地響きが起き、頭上で爆発音が絶え間なく続いた後、天井は崩落した。


 俺は落ちてくる瓦礫を回避しながら納得する。


 ローブの男が赤髪の少年を必死になってなだめようとしたのは、この崩落事故を防ぐためだったのだ。


 赤髪の放つ怒気どきが計器の限界値とやらに関わっていたようだが、彼がここまで短気では成す術は無かったと言わざるを得ない。


 元より聞く耳を持たぬ者にどのような言葉を尽くしたところで結果は同じだ。


 俺は大小様々な瓦礫をかわし続け、これで最後と、手のひら程度の煉瓦れんががカラン、と建物の残骸の上に落ちるのを見届ける。


 さて、これからどうしたものか。こんな有様では誰の生き残りも望めない。


 腕で鼻と口を覆い、薄目で砂ぼこりが収まるのを待っていると、ふと気配を感じて驚いた。


 見れば大岩のような壁の一部が瓦礫の中からせり上がって来るではないか。下から現れた顔は赤髪の少年だった。「よいしょっと」と事も無さげに盾に使った大岩を放り投げている。何という馬鹿力だろうか。


「へぇ、俺の他に生き残った奴が居るとはな」


 どこか満足気に赤髪がそう言う。


「お前、どうやって防いだわけ?」


 俺も初めて声を出して返答する。

「……まあ、避けた」


「ふーん、なるほどね。他の奴らは……まあ無理か。あの貧相な体じゃ、かわすのも受け止めるのも出来るわけがねぇ」


「だろうな」


 短く答えて、四人のことを思い出す。


 赤髪の少年は限界まで鍛え抜かれた体付きをしている。


 俺にしたって似たようなものだ。

 空から降る瓦礫を攻撃として捉えた場合、身を守るのに裸一貫だとしても苦労はなかった。


 自分の身体能力が常人のそれと大きく離れていることは何となく知っている。故に、ぱっと見ただけで赤髪を除く他の4人が自身の膂力りょりょくだけでこの危機を脱することは不可能だと判断したのだが……。


 白く、細い筋が幾重にも走ったかと思えば、瓦礫を切り裂いて銀髪の少女が姿を現す。


「いや~びっくりしたぁ」


 この少女も台詞こそ驚きを口にしているが、身に危険が及ぶほどの事態ではない、そんな口調だった。


「おー、すげえ。俺らの他にも生き残りが居たとはなァ。お前どうやったんだよ?」


「えっ? 髪を、こうやって……こう」


 銀髪の少女が首を僅かに振る。

 すると髪がまるで生き物のように動き、辺りの瓦礫を軽々と持ち上げてみせる。


「へー、髪の毛すげー」


「えっ? ありがとう」

 

 馬鹿みたいな感想と割かし嬉しそうに喜ぶ姿に何とも気が抜けるが、そうこうしている内にまた別の生存者が瓦礫の中から顔を出す。


 一人では無かった。

 原型を留めていない潰れた顔をした者が5人ほど這い出てくる。中には半分以上も頭が欠損した人も居るが、それでどうして動けているのか、そう思っていたらプツリと糸が切れたかのように動かなくなる。


「……ふう」


 軽く息を吐きながら金髪の少女……いや、少年だった。

 が、血にまみれた姿で現れる。


「おいおい、また生き残りだぜ。そんでお前はどうやったわけよ?」


 赤髪が遠慮なく聞くと、金髪の少年がやや考えた後に指先を軽く振る。


「俺は……死霊術しりょうじゅつが使える。こんな風に」


 合図の後でこと切れていた死体がむくりと起き出した。貴族のような振る舞いで仰々しく手を上げてお辞儀する死体、何とも言えない絵面だ。この死体を活用して瓦礫の盾にしたのだろう。返り血で染まった姿がその証拠だ。


「ふーん、女みたいな顔してるくせにエグイ奴だな」


「……まあ、訳も分からないまま、死にたくもないし、ね」


「それもそうだな!」


 赤髪は何がそんなに面白かったのか機嫌良さげに笑う。


 この分では蘇ったらしい六人は全員生きているのではないだろうか? 

 俺の予想が的中して最後は二人同時に瓦礫の中から顔を出した。


 金髪の小柄な少女は物を浮かせられるらしく、落下物をいくつか空中に固定して防いだようで、茶髪の少女は地面から植物を生やす魔術が使えるそうで、それで屋根を作って難を凌いでいた。


「なんだよ。全員生きてんのかよ。まー他は居なさそうだな。生きてる匂いがしねぇ」


 赤髪が全員を一度ずつ見てから大した感慨かんがいも無さげにそう言った。

 俺も気配を探ってみるが、瓦礫の下から息のある者は居ないと感じられる。


 これからどうなるのだろうか。

 初対面、まるで状況も知らない者しか生き残っておらず、ここがどこかも分からず、加えて言うなら全員が裸である。


「俺の名前はアッシュ! お前らの名前はなんだ!?」


 何故だか唐突に自己紹介を始めた赤髪の少年アッシュだったが、俺もそれに倣う。右も左も分からないが、まずは目の前の情報を拾っていくことに異論はない。


「俺はヴィゴ。えー……とりあえず、ほとんど記憶がない。なんでここに居るのか分からん」


「わたしも全然おぼえてない。あ、名前はクロエ。よろしくね」

 銀髪の女はクロエと言うらしい。妙に顔を赤くしているが、全員が裸なので無理もない。


「……ティントア。俺、記憶ない」

 金髪の女のような男、ティントアが簡潔に名を明かす。


 赤髪のアッシュが「次」とアゴで小柄な少女を指すが、やや沈黙があってから険のある声が返る。


「なんでアタシの名前教えなきゃなんないの? 何なのこの状況? 誰か説明して欲しいんだけど」


「あー? 何うだうだ言ってんだお前。名前くらいさっさと言えよ」


「イヤ。何かさっきから偉そうでムカつく。なんでアンタの言うこと聞かなきゃなんないわけ?」


「……俺は女子供でも容赦ねえぞ? ぶん殴られる前にさっさと名前言え、クソガキ」


「はあ? やれるもんならやってみてよ!」


 なんて喧嘩っ早い奴らだろうか。

 アッシュが大股で数歩を歩き出したところで新しい声が響く。


「私はカトレアと言います。緑生りょくせい魔術という植物にまつわる術を使えます」


 裸を見られたくないのか、瓦礫の山から顔だけ出して茶髪の少女、カトレアがそう言った。


「私も皆さんと同じで、どうして自分がここに居るのかは分かりません。ふと気づくとここに居ました。貴女はなにか覚えていませんか?」


 小首を傾げる仕草で金髪の小柄な少女へ水を向けるカトレア。

 優し気で丁寧な口調は頭に血が昇る少女をいくらか冷静にさせたようだった。


「……あたしも、何にも覚えてない……名前はフーディ」


 これで全員の名前だけは知れた。


 ヴィゴ(俺。視界に入る自分の髪は茶髪)


 アッシュ(赤髪の騒がしい男)


 ティントア(金髪の女みたいな男)


 クロエ(銀髪で赤面してる女)


 フーディ(金髪の年下の女)


 カトレア(茶髪の丁寧な女)


 だが、六人ともに何の状況も掴んでいないとは途方に暮れる話だ。


「とりあえず、裸でいるのも何だから、着られる物でも探すか」

 俺がそう提案すればフーディが目を見開いて慌てふためく。


「は、はふぁっ!? アタシ裸!?」


 ようやく気付いたらしい。

 大事な部分を見られないように丸まって縮こまるフーディにアッシュが心無い言葉を向ける。


「誰もお前の貧相な体なんか見ねえだろ」


「はあ!? もう本当アタマきた! 今すぐぶっ飛ばしてやるから!」


「二人とも裸で喧嘩するつもりですか? 服を着てからでもいいんじゃないですか?」


 カトレアが場違いなほど明るく作った声で告げれば、二人も「確かに」と思ったのか数秒にらみ合った後に大人しく瓦礫の山をあさり始めた。


 この訳の分からない状況で初対面同士が裸で喧嘩する風景を見るなんてどれだけ疲れるだろうか。


 服を探し始めて数分、アッシュがまた低い声を出す。


「おい、クロエとか言ったか。銀髪の女、お前さっきから見過ぎなんだよ」


 俺も含め、また何事かと全員が顔を上げてアッシュとクロエを見る。


「……え? 何が? なにも見てないよ」


「嘘つくんじゃねえ! 俺のナニを凝視ぎょうししてんだろうが!」


 言われてみて気付いたが、確かにクロエの視線が僅かに下方へ向けられ固定されている。


「みっ、見てないよ! そんな、し、失礼だよ!」


「見てんじゃねーか! せめて目線を逸らせよ! 今も真っ直ぐしっかり見ちゃってんじゃねーか!」


 アッシュが「ほらほらほら!」と言いながら反復横跳びをしてみるが、彼の動きに合わせて明らかに目で追っているのだった。


 俺が思わず「手で隠せよ」と言えば「あっ、確かに」と言ってアッシュが下腹部に手を当ててソレを隠した。


「あっ、なにやってるの! 隠さないでよ! 見てないんだから!」


「見てないんだったら隠しても隠さなくても関係ねーだろうが!」


 ごもっともだ。


 アッシュのナニを見物出来ない事に深いため息をついたクロエの視線が俺に移り変わり、俺も隠す。するとクロエから露骨な舌打ちが返ってくるのだった。


 あぁ、前途多難だ。


 一癖も二癖もある面々を思い、この先がどうなるのか見当もつかない。


 ひとまず無心となって瓦礫の山から着られる物を探すことで漠然とした不安を頭の隅へ追いやるのであった。

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