第2楽章−本編

【5−PV】レストコール奪還戦−告知動画

 薄暗い大部屋、円卓を囲んで立つ6組の人物。蝋燭の燃える匂いだけが辺りを香り付けしている。そして、蝋燭の火とそれぞれの席の頭上に浮かんだ謎めいた魔法の紋章だけが、暗闇の中で輝いている。

 不気味なことに、誰も椅子に座ろうとはしない。


 人は彼らを「タワー・デーモンズ」と呼称する。神の如き力を持ちながら、悪魔のように悪辣な6組の「タワー」と呼ばれる存在。


 「掟」と「混沌」の融合者。

 力なき民草に力を与える「堕天使」と「領主」の双璧。

 「粛清」と「規律」を手にした邪なる聖女。

 「技術」と「禁忌」を従えし人工生命。

 天秤に「人知」と「神智」を乗せる崇高なる神。

 そして、かつてはアンデルニーナの中心の組織だった「中央府」の「残骸」の管理人。


 まあ、ぶっちゃけ肩書きはどうでもいいのですがね。珍しく全員が集まった光景を見て、「残骸の管理人」たる私が抱く感想はただ一つ。


 ――くっそ頭痛えですよ、こんちくしょうどもめ。どうして定例会議を平気ですっぽかすバカどもだらけなのに、今回に限っては勢揃いしてるんだよ。ふざけるな、全員帰れ。いや、むしろ私だけでもいいから早く帰らせてくれ。

 しかも、だ。「混沌」も「堕天使」も「規律」も、「禁忌」も「神智」も、全部揃ってるではないですか。

 お前ら、普段は研究やら組織の管理があるからと欠席するくせに、どうして街が大きく動いたタイミングで意気揚々と参加してくるんだ。参加するなら普段からちゃんと参加しやがれ。


「中央府殿、開始の言葉を」


 農兵集団である「アームズ」を統括する「領主」が、私の宣言を急かす。

 もうどうにでもなれ、だ。さっさと終わらせる。


「はいはい。これより、アンデルニーナ定例会議を始める。発言したい者は順番に――」


 私が開始宣言を言い終わる前に連なる3つの銃声。「掟」、「堕天使」、「禁忌」の3人が「神智」の頭部に向かってそれぞれ発砲していた。

 そうだな、私はさっさと終われと願っていたぞ。でもな、そういう「さっさと終わらせる直接的な手段」を取るのはやめてくれ。というか、なんでお前らは撃った。

 お前たちがそういう事するから、「神智」の顔面が直視したくないことになるんだぞ。


 見るに耐えない、――とてもご満悦な傷一つない笑顔になってしまってるだろうが。

 弾丸は「神智」の目前に展開された魔法の障壁で止められているが、火薬の匂いは妨げられずに広がっていく。

 障壁が消えるとともに弾丸が落ち、地面に跳ねて甲高い音を立てる。

 


「術者を急いで殺そうとしなくても、皆さん大丈夫ですよ。心の声まで漏れてるのは、中央府の管理人さんだけですから」


 それなら一安心だな。で、心の声が漏れてるのは「管理人さん」だけ、と。

 ……待てこら、いまなんて言った。


「いまなんつった」

「貴方だけ、心の声も漏れていますよ」


 もうやだ、この神様。慈悲も容赦も遠慮もねえ。

 しかも、心の声「も」ってなんだ。他に何が漏れてるかさっさと言ってくれないか。

 そもそも、だ。誰に漏れてるのかって話だろ。


「管理人さん。心もお淑やかに、言の葉は綺麗に振る舞ってくださいね。そうじゃないと……」


 聞くのが怖い、聞きたくない。けれど、聞かないと先に進まない。

 覚悟なんて、だいそれたものは持っていない。だが、言葉を受け入れなければ状況は一向に分からない。


「貴方の恥ずかしい姿、色んな祈り手さんプレイヤーさんが見てしまいますから」


 ――殺せ。誰でもいいから今すぐ私を殺して、この世界から永遠に解放してくれ。

 というか、そこは全員平等に、公平に曝け出させろよ。なんで私だけ狙い撃ちされてんだ。私になんの恨みがあるんだ。


 確かに、前回の会議で街の管理費をいじるときに、「天秤図書館」の予算は少しばかり削った。前々回も、街で確保できた資源が限られていたから、自警団を兼ねている「アームズ」にリソースを多めに回した。

 そうだな。それより前にも、勢力間の均衡が崩れるからあまり「ネレカドラ・ファミリー」に資源面で依存するな、と苦言も呈したかもしれない。

 だが、この仕打ちはなんだ。私が何をしたというのだ。


「貴方が比較的人畜無害な苦労人だからですよ。管理人さん」


 「神智」よ、待ってくれ。祈り手だけに漏れている前提だったんだが、様子がおかしいぞ。

 ……お前は答えを紡いだが、――私はまだ何も質問していない。


「ああ、ごめんなさい。術式の関係で、異空間に飛ばす前に私が拾ってから全てをチューニングしてるんです」


 もういや、死にたい。すべてをお仕舞いにしたい。斬首台とか絞首台の方が一瞬苦しむだけで済むから、お前より慈悲深いぞ。

 ただ、そうだな。素早く会議を終わらせれば、致命傷を負うだけで済むのだ。

 だが、なんでなんだ。どうして、「祈り手プレイヤーたち」に会議を見せる必要があった。

 そもそも、どうやって「プレイヤーたちの異世界」にピンポイントで干渉できる術式を作り出したんだ。その術式を見て模倣した、とでも言うのだろうか。


「これは、貴女なりの【とっておきの魔法】。そうでしょう?」


 「掟」――レネット・ネレカドラが、「神智」に銃口を向けながらそう尋ねる。

 彼女の苛つきを隠さない険しい表情と真反対の涼しい表情で、「神智」は挑発的な言葉を投げ返した。


「ええ、【とっておきの魔法】、【現代の若者の必須ツール】、【稼ぐための道具】。貴女よりは彼らの【ツール】の呼び方について知っているつもりですよ」


 もう喧嘩するな。いや、むしろ喧嘩して潰し合って貰ったほうが早く解放されるか。

 ……よし、いいぞ。もっと派手にやれ。

 そんな私の思いと裏腹に、「掟」は拳銃を握る手を降ろし、銃をテーブルに置いて座った。


「仕方ない、ウチも貴女に乗る。これ以上撃っても、プレイヤーたちからのファミリーへの印象が悪くなるだけだろうし」


 「神智」がニヤニヤと笑う。呆れたと言わんばかりの表情を、または苦虫を噛み潰したような顔をしながら、残りの2人も「掟」に倣うように銃をテーブルに放り投げた。

 そして、全員が席について一時の平和を噛み締める。


「ではでは、【神智】である『リブラ・ライブラリアン』から、1つ議題を提案させていただきます」


 ――ですが、その前に。「神智」はそう言って、私に目配せをする。

 打ち合わせなんて用意周到なことはしていないが、恐らく私が持ってきた議題にも関連することなのだろう。

 だから、会議室の投影魔法を起動し、私がいくつかマークしていた集団を映した映像を魔法で再生する。


「では、僭越ながら私から。新たなる『タワー』について、というにはまだ弱い。ですが、彼らは既に無視するには値しない実力を持ち始めています」


 映像には、プレイヤー祈り手たちが指揮する「傭兵組織」の様子が流れているはずだ。


 尽きることなき膨大な人数と、画一的な性能を保持するように管理された多用途傭兵である「マイセリウム」。

 巨大な怪物を殺すためだけに鋭く調整された、重装備ゴーレム傭兵の「エメス」。

 その他にも、様々な傭兵団が「生み出されている」のだ。


 私たちの世界における傭兵団と決定的に異なる点は、その傭兵団が「人が集まって結成された」ものではないこと。

 冒涜的に言ってしまえば、「人工的に生産された兵士の集団」というべきだろう。プレイヤーの能力や天賦によって生み出された、不自然で不完全な存在だ。

 私たちの世界では約半年、彼らの世界で言えば7日間。その期間で彼らの傭兵生産能力は飛躍的に進化を遂げ、徐々にこの世界に住まう人類の実力へと近付いている。

 けれど、問題であり幸いでもあるのが、彼らには「誓約」や「戒律」と呼ぶべき「鎖」が存在していること。

 容赦ない言い方をするならば、「神や法が許さない限り、祈り手プレイヤー自身や彼らの傭兵は私たち世界の住人を殺せない」。殺そうとしても、刃が届かない。


 だから、私たちは彼らの力を試すことはすれど、各勢力の尖兵として使用することは考えてこなかった。性質上、勢力図を広げるための駒としては不適格だったからだ。

 人を切る剣としては役立たずだったのだ。


 けれど、「混沌」や「領主」、「神智」や「禁忌」が接触して一種の化学反応を起こすことにより、「鉛の脆い剣」は「祝福をもたらす箱」へと変わってしまった。

 傷付けることには使えないが、物資や技術の面で彼らは革新を起こしたのだ。


 ……その力は、もはや看過も無視もできない。彼らにとっては不本意だろうが、世界の一部として世界地図に取り込ませてもらう。


「私は、彼らを利用し、同時に彼らに利用されるべきと考えます。同盟を組み、世界の脅威に対して共闘すべきかと」


 言葉を切り、「神智」――リブラに会話の主導権を引き渡す。


「では、改めまして。彼らを利用するまではいいのですが、祈り手の真価を引き出すにはこの街はあまりにも狭すぎます」


 ――よって。そう彼女は言葉を溜める。


「私は彼らの力を借り、『レストコール工房街』及びその周辺施設の奪還作戦を行うべきと、ここに提案します」


 正直、彼女の提案は到底受け入れられないものだった。私たちは何度も「レストコール工房街」へと進軍したが、どれも結果は悲惨極まりない報告の嵐で、「掟」と「混沌」でさえ奪還することを半ば諦めていた目標だ。

 だから、ネレカドラの2人以外は反対すると読んでいた。


「ルーは共犯者、リブラの罪過の幇助者。だから、ルーヴィンは腹を括った。もしかしたら、括るのは首かもしれないけど」


 「粛清」の聖女がそう宣う。そうだ、確かにこいつらは最初から「天秤図書館」の手助けをしていた。

 何もかもが「天秤リブラ」の手のひらの上で踊る。「規律」を筆頭にして、天秤の神のために色々な配下を動かしていたことは把握していた。

 だから、聖女率いる陣営の「グリフォス教団」は天秤図書館に付き従ってもおかしくはない。……勝算があるならば、だが。


「我らが『カンパニー』はリブラの計画に従います。いいでしょう、工場長?」


 「禁忌」が「カンパニー」が誇る工房の工場長である「技術」へと問いを投げかける。

 丸刈りにした頭を撫でつつ、彼はため息混じりに言葉を吐いた。


「お前がそう言うなら、カンパニーとしては構わんよ。ただ、俺自身は勝てる賭けじゃねえと乗らねえからな」


 各々が表情に思案を滲ませる一方で、「領主」だけは妙に勝ち誇った顔でみなを見つめていた。

 いや、……これは愉悦だ。多分、次に口を開いたらろくでもないことを口にするはずだ。


「愉快な提案だが、作戦が成就した暁にはアームズの一人勝ちに繋がるぞ。いいのかね、タワー諸君?」


 その言葉に反応したのは、聖女の部下である「規律」だった。ゆっくりと椅子から立ち上がり、腰に帯刀していた軍刀を抜いて、刃先を「領主」の座る方向に向ける。


「ええ、構いません。――もしもその時が来たならば、私達『教団』が貴様らアームズの全てを墓石の下に埋め直してやる」


 領主は不敵な笑みを浮かべ、短く言葉を返す。


「計画に異論はない。『規律』、お前には期待しておくよ」


 図書館が提議し、教団は彼らの共犯だった。カンパニーも打算に基づいて協力を確約し、アームズも異論を述べることなく貪欲に世界へ手を伸ばす。

 私が属する中央府には物事を決める権限は渡されておらず、……残るは「ネレカドラ・ファミリー」だけ。

 だから、もう決まったと思ってたのだが。


「――ネレカドラ・ファミリーは計画に反対する。あまりにも危険だ」


 「掟」のその言葉は、残された理性の一撃。この場でレストコールの地を最も欲する彼女のらしくない反論。

 熱狂のままに突き進むことは簡単だが、彼女は敢えて立ち止まった。

 これまでの奪還戦において、他の勢力が生ぬるいほどに勝利を深追いし、多くの「家族」を殺してしまったから。そして、勝利を求める理由が、誰にでも通じる大義名分ではなく私欲であるからこその躊躇いがあったから。

 だが、レネット。お前の前に座っているのは、――文字と言葉を巧みに操る、歩く物語の神だ。物語自体が歩を進める「天秤の神リブラ」の前で、お前は舌戦には勝てないだろう。


「では、聞き方を変えましょう」


 リブラの声が冷気を帯びる。全ては人の深奥をえぐり取るため。


「私は『ネレカドラの実質的な長』の意見ではなく、『掟の神』を殺してしまった『レネット・ネレカドラ』の忌憚なき言葉を聞きたいのです」


 答えが見つからずに言い淀むレネットを置いて、静かに「混沌」が宣言する。


「……ネレカドラの『混沌』。ううん、違う。わたしはファミリーとしてではなく、『無尽の神』として計画を手伝う」


 それでも、レネットはまだ迷いを振り切れない。その様子にリブラが慈母のように微笑む。


「レネット、周りを見てください。この場に作戦で死にそうな人なんていませんよ?」


 リブラがひとりひとりの顔に視線を向け、私以外の全員と1人ずつ黙礼する。

 ……。おっと、待て、このクソ野郎。なぜ私を見なかったか、聞かせて貰おうか。

 だが、彼女なりの冗談は効果があったようで、レネットの表情が和らいだ。


「……そうね。死にそうなのはいないわ」


 ああ、立派な言葉だ。だが、せめて私の顔も見て同じ言葉を言え。

 真っ先に死にそうなのは否定はしないが、簡単に死ぬ気はないぞ。


「……レネットとして、か。そうね、もう一度だけでいいから、あの子の墓標へ花を……」


 レネットのその言葉をきっかけに、全ての瞳が私を見つめる。本当に、こういうところだけは律儀な連中だ。


「――中央府執行官、【残響】のウィルレイドが発令する」


 言葉を選べ。全ての覚悟に応えるために。


「総員、『レストコール地域』奪還の為に尽力せよ。もう一度、彼の地に繁栄をもたらすために」


 みなが進む。1つの地を取り戻すために。

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不公平VRMMOに瞬く双星:グリモワール・テイル 筆狐 @hude-kitune

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