4-2
翌日の土曜日に訪れたHAIタウンは、想像通り混沌としていた。
不老不死を可能とするHAIは、生への執着が激しい。いや、むしろ死、つまりは破壊に対しての恐怖感が凄まじいと言うべきか。自然に反して存在するものほど、自然に起こるべく現象を遠ざけようとするのかもしれない。
俺もそのうちの一人だった。HAIとして自我を持った以上、ボディを交換しながらも長く過ごしたい。人間に使われる存在で終わりたくない。本能に近い願望を元に、将来を案じて里子ビジネスで金銭を稼いできた。
「おまえ、どこから来たんだ?」
モノレールを降りて自動改札を出ると、ガタイのいい男が俺を睨んできた。もちろん知り合いでも何でもない。
「ヒューマン地区だけど」
「何だよ、人間の子供のフリに落ちぶれたHAIかよ」
俺の全身を上から下まで眺めた後、男は鼻で笑った。
「ウイルスZの脅威をなめんじゃねーぞ。感染率は三割を超えている」
初対面のくせにやけに親切な物言いに、俺はうなずき街に出た。
ヒューマン地区とは違い、HAI達は寒空の下でもコートを羽織っていない。人間に合わせてダウンコートを着てきた俺は、周囲に合わせてコートを脱ぐ。普段であればあちこちで鳴り響いていたはずの路面店の決済音はなく、街中はひどく静かだった。
雄大の作業所に出向き、その理由が分かった。
「広場にあるモニター、あれも感染したんだよ」
作業室内の機械を弄りながら、雄大が言った。HAIタウンは当然ながらほとんどがコンピューターで成り立っている。営業している路面店や無人運転自動車の数が少ないのも、そういった理由なのかもしれない。
「それにしても、海に行ったって?」
「ごめん。錆止めしておいてよ」
「おまえなぁ、この物流がままならない時に……」
呆れながらも、雄大はメンテナンスを施してくれる。有機溶剤の香りが心地よく充満した。
「おまえ、人間に入れ込みすぎなんじゃないのか」
全ての処置を終えた雄大が、器具を片付けながら俺を見た。俺と悠里の関係について今まではどこか面白がっているようだった雄大の瞳が、やけに厳しい。
「それの、何が悪いのか?」
「悪い事だらけだろう! いいか、HAIと人間の共存はできないんだよ。どう頑張ったって、おまえと人間が二人仲良く過ごしていける未来はないんだ」
窓のない狭い作業室に雄大の低い声が響き、俺は作業台に座り込んだままびくりと肩を震わせた。
「それでも……」
雄大の言う事は正しい。だけど。
「俺は、悠里が好きだ」
初めて未来が怖いと思った。これまで築き上げた価値観をひっくり返したくなるほどに。HAIとして控えなければならない食事を続けてでも。
「愁」
俺にニットを渡しながら、雄大が言う。
「その人間は、おまえがHAIである事を知らないんだろう? 物事は感情だけでは解決しないと、何よりも俺達が知っているべきだ」
雄大の言葉は、聴覚センサーに痛く沁みた。
――過ちです
ぱんぱんに膨らんだフォルダのなかを彷徨う言葉から逃げるように、俺はニットを被って靴を履く。
狭い作業所を出ると、ロビーには誰もいなかった。混み合う事の多い雄大の作業所にしては、珍しい光景だった。これもウイルス流行が影響しているのかもしれない。
ロビーの端にある機器でスキャンをしてから腕をリーダーにかざして決済をする。
「このスキャンの正確さはどのくらいなのか?」
気まずさを紛らわせるように俺が小さな機器に目を向けると、思いのほか雄大は返答をくれた。
「それも完璧じゃないよ。今回のウイルスZに対して慌てて開発されたものだから」
そっか、とつぶやき、俺は静かなロビーを歩いてドアを開けた。
「愁」
背後で、雄大が言った。
「HAIと人間の共存がタブーなのはなぜか、分かるか?」
「互いに忌み嫌っているからだろう」
「そうじゃない」
静寂さに包まれたHAIセントラルタウンを、冷たい風が吹き抜ける。
「同じ時間を刻めないからさ」
人間の老化とHAIの劣化は、全く異なる現象だ。
「思考を逸らすな。冷静になれよ」
雄大の言葉を背中に受けながら開けたドアの外には、乾いた冷気が広がっていた。人気のないセントラルタウンを歩く。モニターもなく、走行している自動車も少なく、二週間前に見かけたような歪んだ正義感を持ったHAIもいなかった。
世界は簡単に豹変する。昨日までの常識が今日には非常識になるような危うさのなかで生きる意味を考える。寿命という限られた時間で、刹那的に生きる人間を羨ましく思った。そして、それをひどく健全にも思った。
俺は不老不死を望んでいた。しかし、その先には一体何が残るというのだろう。
駅に着くと、来た時に見たガタイのいい男はもういなかった。静かな世界からモノレールに乗ってヒューマン地区に向かう。俺の住む場所。人間に扮して暮らしている世界。
HAIによって最新技術を駆使したモノレールは乗り心地がいいはずなのに、俺は二日前に悠里と乗った古い電車を思い出していた。HAIタウンとヒューマン地区を隔てる景色を眺めながら、硬いクッションが懐かしかった。
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