3.家族

3-1


 世は十二月になり、年末のムードが漂った。俺の暮らすヒューマン地区のイーストエリアではある宗教にまつわるイベントがカジュアル的に開催され、それに向けて街中にはオーナメントを付けたもみの木やリーフが飾られるようになっていた。

「いらっしゃいませ」

 イーストエリア中心部のファッションビル内も例外ではなかった。女性客が溢れている店内で、俺はしどろもどろになりながらも人間のショップ店員の接客を受けていた。

「何かお探しですか?」

 学校にはいないタイプの女の店員が、巻き髪を揺らしながら俺に微笑んだ。俺はディスプレイされたアクセサリーに視線を向ける。

 野瀬悠里の誕生日、について教えてくれたのはクラスメイトの高橋だった。人間には誕生日というものが備わっており、それを祝う風習がある。以前に暮らしていたヒューマン地区でもそうだった。

 ――人間はいいね

 学園祭で聞いた雄大の言葉が、記憶するフォルダに張り付いている。――人間にはいくつも節目がある。

 笹山君の誕生日はいつなの、という高橋の質問を回避し、放課後を待ってから俺はその足でこのビルにやって来たのだ。

「誕生日プレゼントを探しているんです」

 質問に答えると、ショップ店員は表情を綻ばせた。

「恋人さんの、ですか?」

「いや……」

 人間は関係性に名前を付けたがる生き物だ。野瀬悠里と俺の関係性について、正解は見つからない。悠里は俺を好きだと言う。俺は彼女を知りたいと思う。本屋やカフェに行った日から、悠里と過ごす時間は格段に増えた。なのに、知りたいという欲はまだおさまらない。日々フォルダには情報が積まれていくのに、得体の知れない飢餓感が常にまとわりついている。

 言葉を濁した俺にショップ店員は追求せず、いくつかのアクセサリーを紹介してくれた。俺の好むようなものとは違う、華奢なデザインだった。イヤリング、指輪、ネックレス。

 目の前を鮮やかな色彩が横切った気がした。俺は小振りのハートが形どられたネックレスを手に取る。それは人気の商品なんですよー、と隣で店員の高い声が響く。

「これ、ください」

 選んだネックレスはピンク色の袋にラッピングされ、赤いリボンで飾られた。



 学園祭を終えてから、昼休みには悠里と過ごすようになっていた。天気のいい日の屋上には柔らかな日差しが無限に降り注ぎ、太陽熱によってコンクリートの温度は二度ほど上昇している。

 俺は隠し持っていたピンク色の袋を悠里に差し出した。

「悠里」

 今日は、悠里にとって特別な日だ。悠里は箸を置いて、首をかしげる。

「何ですか、これ……」

「誕生日なんだろ、今日」

 そう言ってから、こういう時に相応しい言葉を俺はデータベースから引き出した。

「おめでとう」

 赤いリボンのついた袋を両手で受け取った悠里は、呆然とそれを見つめている。

 何か間違っただろうか。ひとつの行動に対して、イエスとノーの針が揺れ始める。それとも、誕生日を祝われるのを不快に思う人間も存在するのかもしれない。じっと固まったように動かなくなった彼女を見つめながら、俺が思考を巡らせていると、

「嬉しい……」

 乾いた空気に、感嘆が溶け込んだ。

「愁君、ありがとうございます。開けてもいいですか?」

 フォークダンスの練習をしていた頃には想像できなかった悠里の表情を眺めながら俺がうなずくと、悠里は細い指で丁寧に袋を開けた。先日俺が選んだネックレスが、悠里の手のひらに乗る。

「可愛い……。私、こういうのを持っていなかったんです」

 頬を綻ばせた悠里の髪を、秋風が静かに撫でていった。

「悠里。それ、付けてやるから」

 触覚センサーに異常はないはずなのに、感嘆に包まれた空気がくすぐったく感じられて、それを紛らわすように俺は悠里からネックレスを受け取る。細いチェーンの繋ぎ目を解いて、悠里に近付いた。悠里の首の後ろに、ネックレスを持った両手をまわす。ダンスでも至近距離になった事はあったが、日に照らされた昼間の屋上では悠里のレンズ越しの瞳がなおさら澄んで見えて、俺は必死にチェーンを繋いだ。悠里の首元にネックレスが飾られる。俺の選んだ、ハートの形。

「あの……、どうですか?」

 ネックレスにそっと触れながら俺を見る悠里は、これまでに見た事のない顔をしていた。一緒に過ごせば過ごすほど、新しい発見がある。「愁君」と呼ばれるたびに、体内を循環する空気が打ち震える。

「似合うよ」

 他にもたくさんの言葉が備わっているはずなのに、脳内辞書は役に立たない。悠里の胸元にある小さなハートが、きらりと光った。

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