(2)帰りみち

 帰り道、アズサがぽつりとつぶやく。


「ウチ、ああいうとき、なんて言うたらええか、わからへん」


 ヨウスケがそれにうなずく。アヤミはかすかに微笑んで、「なんて言うたらええか、分からんときもあるよ」と答える。アズサがそれを受けて、


「なんや… いっこ間違えたら、ウチ、無神経に見えへん?」


と言う。アヤミがそれに答える。


「あの人もな、今日まで生きてはったんやったら、今まで生きてきてご苦労さん、て思えばええんよ。無神経でもなんでもあらへん」


 アヤミは静かにアズサに言った。それを聞いたヨウスケが、「でも、お姉ちゃん、さっきお肉の話してたで」


と突っ込む。アズサは少しあわてて、


「あ、いや、あれはな、あわてて、…ちゃうな、なんであんなこと言うたんやろ、ウチ」


 アヤミが、くすっと笑った。


「アズサは、あの人、もし死んではっても、それまで生きてはったんやし、あなたんこと全然怖くないですて言いたかったんやろ? アズサらしいなて思て、ウチ、ちょっと安心した」


 アズサは、両手で自分の頬を押さえて、「かんにん」といいわけのように言う。ヨウスケは姉のいつものノリになにか安心したような表情を見せた。


 駅に向かう道路の空気は、林の中とはもう違っていた。歩道を歩く三人の足音がかすかに聞こえる。アヤミは、横断歩道の前の信号で止まって言った。


「ウチも、ああやって外で倒れてはる人て、初めて見たよ。あれ見たら、あの人もついさっきまで生きてはって、もし死んでしもうても、今までは、死んだらそこでなんや全部終わってしまう思うてたけど、ちゃうねんな。なんかこう、まわりに、それでも続くもんが残るんやなって」


 アズサが尋ねる。


「続くもんて何?」


「んー、今日のあの人、倒れてはったけど、警察が来よって、見つけたウチらもおって、ほんでその後、迎えに来た家族に会ったり、警察がいきさつを調べたり、いろんな続きが残ってるやんか」


 アズサがそれに応えて言う。


「てことは、続きが残るうちは、死んだて言えへんの?」


 ヨウスケがぽつりと言う。


「それやったら、お姉ちゃん、冷蔵庫のお肉、まだ死んでへんことになるで。続きは、オレらに食べられることやからな」


「そうやなくて!」


アズサがほんの少し気色ばんで言った。


 アヤミとヨウスケはほんの少し微笑んだように見えた。横断歩道の信号が青になって、誘導音が響くと、もう三人の林の記憶は、その音と混ざって日没直後の空に吸い込まれていくように感じられた。


「続くもんがある限り死なれへん、のか。小説家も、本人死んだあと、作品は残るしな」


アヤミは、ひとりごとのようにつぶやいた。


 三人は、都心から山梨の自宅のアパートまで、特急を使って帰った。今日はアヤミは、アズサとヨウスケのアパートに一泊する。家に着くと、少し休んでから、アズサとヨウスケで食事の支度をする。アズサが微妙な表情で言う。


「今日、やっぱり、あのお肉しかないんよ。ええ?」


 アヤミがちょっと口角を上げたような表情で、


「ええよ。大丈夫やん」


と返す。それを見ていたヨウスケも、ちょっと神妙な顔をした。


 アズサが、冷蔵庫から出した肉を野菜と炒めておかずを作り、夕食にした。それを食べ終わると、三人は珍しく、深く頭を垂れて、「ごちそうさまでした」と口にした。そのあとでアヤミが、


「今日はなんや大変やったな。あれ、事件になるんやろな」


と話す。アズサも


「なんや、こういうことに出くわすことって、あるんやな」


と、何か申し訳なさそうに言う。ヨウスケは、


「早く解決するとええな」


と応えた。アズサとヨウスケのアパートは、谷あいの町にあり、もう深夜でもあるので、静寂に包まれている。アヤミはアズサの部屋に入り、ヨウスケは隣の自室に入った。窓からは、かすかに虫の音が響いていた。

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