また会えたね

@iimao

あの日、君が消えた川辺で



ある日の昼下がり。

君は、いつものように、そこに居た。

僕に見せつけるように。戒めるように。そして、逃がさないように。


河川にまたがる橋の、その柵の上に立つ君は、幻想的で、儚く、

そして、これから先に待つものへの恐怖を、否応なく思わせた。


君は、ふとこちらを見て、

微笑むように、囁くように言う。

「またね」


その言葉を最後に、君は躊躇うことなく川へと身を投げた。

激しく響く水音だけを残して、君の姿は消えていった。


僕は、なんとも言えない気持ちのまま、帰路についた。

その道すがら、近所の人に挨拶されて、いつものように笑って返す。

だけど、胸の奥には、まだ水の音が残っていた。


家に着くと、ノートを開き、震える手で文字を叩きつけるように書きなぐる。

君の死に際を。

散り際を。

そして、君の知らない物語を。


ああ、君はいつだって美しくて、儚くて、それでも、怖くて。

そして、恨めしい。

僕を壊しておいて、その身体が川に飲み込まれる光景だけは、まるで見せつけるかのように残していった。

僕と交わす言葉は、たった一言だけ。

なのに、その声は、確実に僕の心に焼き付いて離れない。


だから今、僕は思う。

――早く、明日が来ないかな。



次の日、君は来なかった。

居なかった。

存在しなかった。


まるで、これまでが幻想だったかのように。

誰にも悟られることなく、それが当然であるかのように。

そこには、ただ、ゆっくりと流れる川だけが残されていた。


僕は、その光景を、何ともなしに眺めていた。

君は、いつだって幻想的で、儚くて、消え入りそうだったね。

でも、僕は、君がまた戻ってきてくれる可能性を、信じるしかなかった。


次の日も、また次の日も、時間を重ねても、君は現れなかった。

日々は、何事もなかったかのように静かに過ぎていく。


けれど――しばらく経ったある日。

懐かしい光景が、僕の心を強く揺さぶった。


川が、荒れている。

あの日のように。

君が、そこに立っていた日のように。

まるで、僕を誘うように。


僕は、抗いもせず、川へと身を乗り出した。

そして、その濁流に、身を任せた。


最後に――確かに聞こえた言葉。

それは、何よりも救いだった。


「また会えたね」



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