学園ギャンブル

暗闇坂九死郎

下克上回り将棋

第1話 

 ――四月某日。


 桜吹雪さくらふぶき舞い散るその日に、わたしはと出会った。


 朝、最寄りの駅から歩いて学校に向かう途中、片倉かたくら高校の真新しいブレザーを着たマッシュルームカットの眼鏡の男子生徒が路地裏に消えていくのが見えた。その後から、他校の学ランを着た生徒何人かが続いていく。


 不穏な臭いを嗅ぎ取ったわたしは、そっとキノコ頭の男子生徒の後をつけてみることにした。すると案の定、路地裏では学ラン三人組が地面にしゃがみ込んでいるキノコ頭に殴る蹴るの暴行を加えているところだった。


 わたしはすぐさま学ランたちから身を隠すと、鞄からスマホを取り出して震える指で警察に連絡しようとする。


 ――だが、そのとき。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?」


 先刻までとは明らかに異質な叫び声がこだました。


「…………」


 おそるおそる路地裏の様子を覗いてみると、さっきまでキノコ頭を痛めつけていた学ラン三人組の一人が、ひざを抱えてのたうち回っているところだった。どうやら袖の中に仕込んでいた金づちで、すねを思い切り殴られたようだ。


「テメェ、やりやがったなッ!!」


 仲間がやられて怒り狂った学ランの一人がキノコ頭に襲い掛かる。するとキノコ頭は咄嗟にその場にしゃがみ込んだかと思うと、カエルのようにそのまま上空に高くジャンプした。キノコ頭の頭突きが顔面に命中し、学ランの男は血塗れになった鼻を押さえて蹲る。


「……く、来るなッ!! それ以上近寄るんじゃねェ!!」


 学ラン最後の一人はポケットからバタフライナイフを取り出すと、威嚇するように大きく振り回した。


「『来るな』とはこれまた妙なことを言いますね。元はといえば僕に『ちょっとツラ貸せ』と言ったのはあなたたちの方ではありませんか」


 キノコ頭はそう言うと、青あざだらけの顔で不敵に笑ってみせる。


「うるせェ!!」


「大方、僕のようなひ弱そうな相手なら少し痛めつけてやればATMエーティーエム宜しく、好きなだけ金を引き出せると考えたのでしょう。ですが、お生憎あいにく様。僕はわざとあなたたちに絡まれにいったのです。あなたたちが僕を路地裏に連れてきたのではない。僕がこの場所にあなたたちを誘い込んだのですよ」


「……何を言ってやがる? テメェはただ黙って金を出せばそれでいいんだよ!!」


「おやおや、まだ自分たちの立場が理解できていない御様子だ」


 キノコ頭は鞄からスプレー缶を取り出すと、学ランの男に向けて散布する。


「ぐぎゃあああああああああああああああああああッ!? 目があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」


「これでおわかり戴けましたか? ATMはあなたたちの方だ」


 学ランが視力を失っている隙に、キノコ頭は金づちで執拗に足や背中を殴打する。


「ぎゃああああああああああああああああああああああッ!! 参った!! 悪かった!! だから、もうやめてくれッ!!」


「いいえ、やめませんね。あなたたち三人が有り金全部僕に渡す気になるまで、このまま殴り続けます」


「…………ッ!?」


 一体何なのだこの光景は。さっきまでリンチの被害者だった一人の少年が、三人の不良を相手に一方的に痛めつけて楽しんでいる。


 今や立場が完全に逆転していた。


 ――否、それは違う。

 キノコ頭の少年は備えていたのだ。学ラン三人組に路地裏に連れ込まれることを予測して、その上で迎え撃つ準備を整えていた。


「おや、誰かそこにいるのですか?」


 キノコ頭が振り返り、わたしと目が合う。表情は柔和だが、眼鏡の奥の瞳は全く笑っていなかった。わたしは恐怖のあまり足が竦んで、逃げ出すことすらできずにいた。


「……あなた、一体何なの?」


「僕はただのしがないギャンブラーですよ」


「……ギャンブラー?」


「彼らは常習的にここでカツアゲを行い、警察に通報されないよう、被害者の恥ずかしい写真を撮って脅迫していました。そして僕は彼らが僕の姿に油断して、次のターゲットに選ぶ方に賭けた。結果は見ての通りです。僕は賭けに勝ち、彼らをこうして食い物にしている」


「……わたしがこのまま、あなたがやったことを警察に通報しないとでも?」


 わたしは声が震えるのを誤魔化すようにキノコ頭の顔を睨み付ける。


「ええ、まァそうするのが常識的な判断でしょうね。そのときはそのときです。目撃者への注意を怠った僕のミスですから、素直に負けを認めましょう」


「……ねェ、あなた、賭け事は強いのよね?」


 わたしはキノコ頭にそう質問する。


「ええ、まァ。たった今、幸運の女神に見放されたところではありますが」


「……いいえ、気が変わったわ。賭けはあなたの勝ちってことでいい。わたしはあなたのことを警察に突き出したりはしない。その代わり、手伝って欲しいことがあるの」

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