第41話 高校生の夏休みは最高の思い出にしたい!

 佐久間真司さくま/しんじは、キラキラと輝く海辺に立っていた。目の前には水色に光る海が広がり、波の音が心地よく耳に響く。

 夏の陽射しがジリジリと、真司の肌を焦がしていた。


「やっぱり、海に来て正解だったね! 楽しいし!」


 真司の妹の若菜わかなが元気いっぱいに叫びながら、ビーチサンダルを脱ぎ捨てて砂浜を駆け回っている。しまいには、海で泳ぎ始めたのだ。

 その近くで、クラスメイトの高松燐たかまつ/りんが、水着姿で若菜の様子を見守っている。

 燐の水着姿は、普段の制服とは別次元の輝きを放っていて、真司は思わずチラ見してしまうが即座に目を逸らす。


 へ、平常心……平常心!


 真司は自身の心に言い聞かせ、下心ありがちな視線を向けないように心がけていた。


「ねえ、お兄ちゃん! もっと遊ぼうよ!」


 若菜が海からザブザブと戻ってきて、砂浜近くにいた真司に水をかけてきた。冷たい水しぶきに声を出しつつも、真司は軽く水をかけて反撃する。

 すると、燐も現状を楽しみつつ、笑いながら加わり、三人は水をかける大合戦に突入したのだ。

 ビーチは笑い声と水しぶきで一気にカオスになった。


 昼食後にはシュノーケリングでカラフルな魚を追いかけ、昼食後は砂遊びで謎の巨大砂像を作り上げ、今は砂浜で、こうして水遊びではしゃいでいた。


 高校二年の夏休み、全力で楽しもうと、真司は思う。


「ねえ、お兄ちゃん! あっちの岩場、なんか面白そうじゃない? 行ってみようよ!」


 若菜の問いかけに、真司がいいねと頷くと、燐も一緒に行くと言ってノリノリで同意する。

 三人は駆け足で砂浜を移動するのだった。




 岩場は自然のテーマパークのようだった。

 カニがチョコチョコ逃げ回るのを追いかけたり、キラキラ光る貝殻を拾ったりと。真司はカニを捕まえて若菜に見せたりもした。


 若菜は興味津々に生きているカニを見て楽し気な声を出す。

 一方、燐は静かに貝殻を手に取り、珍しい形をした貝殻を探していた。

 その横顔が、太陽の光を浴びて妙に眩しく見えた瞬間――真司の心臓がドキッと跳ねた。


 ――って、なんで俺、こんなドキドキしてんだよ!

 若菜と付き合っているのに、こんな気持ちになるのは……。


 慌てて視線を逸らした真司は、若菜が拾った石に注目した。


「ん、若菜の持っている貝殻って珍しい色をしてるよね」

「ほんとだね! それに色合いも綺麗だよね。私もそういうの見つければいいんだけど」


 燐はそう言い、若菜が持っていた虹色に輝く貝殻を見つめていた。


 三人は記念に残るような貝殻を見つける為に、砂場を探索し始める。

 だが、その珍しい色合いをした貝殻は、若菜しか見つけることが出来ず、大分遊んだことで、三人は海の家などがある砂浜へ戻る事にしたのだ。

 見つけたカニは優しく海に帰し、貝殻はお土産にキープすることにしたのだった。




「あれ? あっちでなんかやってるっぽいよ!」


 砂浜を歩いていると、若菜が遠くを指差す。

 遠くの方を見やると、ビーチバレーのコートが設営され、音楽と歓声が響いていたのだ。

 どうやら大会が開催中らしい。


「私、やりたい! お兄ちゃんも、燐さんもどうですか?」


 若菜が目を輝かせて、提案する。


「丁度三人いるし、チーム組めるな。じゃあ、参加するか」

「じゃ、参加しようかな」


 真司に続き、燐も乗り気で頷く。

 三人はビーチバレーの受付エリアへダッシュするのだった。




 ビーチバレーは白熱していたのだ。

 若菜の元気いっぱいなサーブ。燐の運動神経の良いスパイク、そして真司のフォローで、なんとか初戦を突破。

 二回戦では惜しくも敗退したものの、三人とも汗と笑顔でいっぱいだった。


 楽しい時間はあっという間に過ぎ、気がつけば空はオレンジ色に染まる夕暮れ時。

 昼頃、砂浜に沢山いた人の数も少なくなり、波の音だけが優しく響く。

 三人はビーチ沿いの飲食店に立ち寄り、ひと休みすることにしたのだ。


「クリームソーダがあるよ。これ飲みたい!」


 若菜が店屋の前に立て掛けられたメニュー表の看板を見てテンションを上げていた。


「私はマンゴージュースがいいかな」


 と、燐は微笑む。


「じゃ、俺は普通のソーダで」


 三人は注文を済ませ、店屋の前で待っていると、水着を着た女性店員からドリンクを渡される。

 受け取った三人は夕陽が映えるビーチの端っこに移動したのだ。


 砂浜の上にしゃがみ込み、夕陽を眺めながらジュースをすする三人。


 真司は思った。今日、ほんと楽しかったなと――


「ねえ、夜の旅館の料理って、どんなのが出てくるんだろうね?」


 若菜がワクワクした声で言う。


「海の近くだから、魚料理メインかも?」


 と、燐は予想。

 二人で盛り上がる中、その近くで真司は相槌を打ちながら過ごしていた。


「真司、そろそろ旅館行く?」


 燐が空になった紙コップを手に提案。

 真司は頷くも、若菜はまだクリームソーダをちびちび飲んでいる。


「俺、若菜が飲み終わってから一緒に行くよ。燐は先に旅館で手続きを済ませてくれない?」

「わかったわ。じゃ、先に行ってるね」


 燐は軽やかに手を振って、夕陽の中を歩いて行く。




 真司と若菜、二人きりの時間が訪れた。

 波の音が静かに響く中、若菜の雰囲気が少し変わった。

 コップを置いた妹が、じっと真司を見つめてくる。

 その瞳には、どこか意味深な輝きがあったのだ。


「ねえ、お兄ちゃん。燐さんの水着姿、どうだった?」


 突然の質問に、真司の心臓がバクッと跳ねたのだ。


「え、な、なんで⁉ いや、まあ……よかった、かな? でも、若菜の水着だって似合っていたと思うし」


 慌ててフォローする真司。

 すると、若菜はニッコリ笑い、突然顔をグッと近づけてきた。


「ありがと、お兄ちゃん! じゃあさ、これからもよろしくね。今日、旅館に泊まるけど、絶対に浮気とかダメだからね!」


 その小声に、真司はゴクリと唾を飲む。


「急に何だよ⁉」


 焦る兄に、若菜はクスクス笑いながらジュースを飲み干したのだ。


「だって、付き合ってる間柄でしょ、お兄ちゃん。でも、今日は燐さんの方ばっか見てた気がするし」

「え? そ、そんなことはないと思うけど」


 真司は真っ赤になって否定するが、実際のところ、燐の事を見ていたことは事実だった。

 まさか、バレていたのかと心の中で思うが、若菜は冗談だってと軽く流し、立ち上がる。


 鎌を掛けられただけかと、真司は内心ホッと胸を撫でおろし、その場に立ち上がる。


 夕陽はすでに沈み、ビーチは薄暗くなっていた。

 真司は、若菜の意味深な笑顔と、燐の眩しい笑顔を交互に思い出し、どぎまぎと心を震わせていた。


「じゃ、お兄ちゃん、旅館まで競争ね!」

「え⁉」

「スタート!」


 若菜が勝手に号令をかけ、砂浜を蹴ってダッシュする。


「ちょっと待って、若菜」


 ――と叫びながら、真司も慌てて追いかける。

 夕暮れのビーチを駆ける二人の笑い声が、波の音と響き合う。


 今年の夏はまだ始まったばかりだった。

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