第35話 テスト前の忙しい日々
頭の中はまだ霧がかかったようにぼんやりしていて、眠気が瞼にまとわりついている。
真司が軽く目を擦ると、隣で寝息を立てていた妹の
若菜の眠そうな瞳が、真司を捉える。
「おはよう、若菜」
真司は少し掠れた声で言った。
「おはよう……お兄ちゃん」
若菜は、柔らかな笑顔で返した。
妹の声には、寝起きという事もあって、朝特有ののんびりした響きがあった。
昨夜、若菜が一緒に寝たいと真司の部屋にやってきたのである。
少し照れくさい気持ちを押し隠しながらも、真司は若菜と並んで同じベッドで眠ったことを思い出す。さらには、一緒にお風呂に入った記憶が頭をよぎり、真司の心臓がドキリと跳ねた。
慌ててその記憶を振り払い、真司はベッドから飛び起きたのだ。
「ま、まぁ、とりあえず朝食でも食べようか。まずはそれからだな」
「うん、そうだね!」
若菜の笑顔は、愛らしかった。
真司は少し照れてしまう。
それから二人は二階の部屋を後に一階のリビングへ向かい、トーストとスクランブルエッグの簡単な朝食を用意する。
食卓を囲む二人の会話は、いつも通りの穏やかさがありつつも、昨日の夜の出来事がフラッシュバックし、少々照れ臭くも感じる。
朝食後、制服に着替えた真司と若菜は並んで家を出た。
通学路を歩く若菜の足取りは軽やかで、妹のポニーテイルがリズミカルに揺れる。
真司はそんな若菜を横目で見ながら、胸をどぎまぎさせていた。
学校に到着すると、教室はいつもの賑やかな雰囲気に包まれていた。
真司が自分の席に腰を下ろすと、クラスメイトの
短めな黒髪が揺れ、キラキラした瞳が真司をまっすぐに見つめる。彼女の手には、数学のノートが握られていた。
「おはよう、真司。ちょっとさ、数学の宿題について教えてくれないかな?」
「え、いきなり?」
「ごめんね。昨日、テスト勉強はバッチリやったんだけど、宿題の方が終わってなくて、ちょっと助けてほしいの。お願い!」
燐の明るい笑顔に、真司はしょうがないなと思う。
普段から助けてもらっている事もあり、積極的に協力する事にした。
真司は自分のノートを机に広げ、燐に数学の問題を丁寧に説明し始めたのである。
方程式の解き方や、グラフの書き方を一つ一つ教える真司の声は落ち着いていてわかりやすい。
燐も、真司の解説に納得するように頷いていたのだ。
「やっぱり、真司は頼りになるよ。かなり分かりやすいし。ありがとね」
「まぁ、困ったことがあったら、いつでも教えるから」
燐の笑顔に、真司の頬が少し赤くなる。
二人でノートを広げ、再び問題を解き進めていると、朝のHRが開始するチャイムが鳴った。
燐はまた後で続きを教えてねと手を振って自分の席に戻って行ったのだ。
午前の授業は移動教室が多く、移動先の教室でもクラスメイトの間ではテストの話題で持ちきりだった。
燐はテニス部に所属しており、試合のために学校を休むことも、たまにはある。
それが原因で、彼女のノートは空白のページが目立っていた。
授業終わり。休み時間になると、移動教室からの帰り際に、廊下を歩きながら燐が真司に話しかけてきたのだ。
「ねえ、真司、教室に戻ったら、また数学の続きを教えてね」
「ああ、わかった」
「あとさ、今回のテストどう? いけそう?」
「そうだな。いつもより勉強したし、まぁ、そこそこいけるんじゃないかな?」
真司は少し考え込みながら答えた。
燐はそんな真司をジッと見つめ、にっこりと笑う。
「真司って、数学得意だよね。私、ちょっと苦手で。どうやったらテストで点数取れるようになるかな?」
「んー、テスト範囲の方程式をちゃんと使いこなせるように、色々な問題をひたすら解くしかないな。俺もそうやって覚えたし」
「やっぱり練習かぁ。テニスも毎日練習しないと上達しないし、それと感覚は似てるかもね!」
「そういうことだな。燐ならすぐコツ掴めるよ。今はテスト週間中だし、それに勉強する時間は沢山あると思うし」
「うん、わかった! 今日、帰ったらテスト範囲見直してみるよ。ありがと、真司!」
燐の笑顔に、真司は少し照れながら頑張りなと返した。
二人はいつもの教室に向かいながら、軽快な会話を続けたのだった。
教室に戻った真司と燐は、クラスメイトの数人が真剣にノートに向かっている姿に気づいた。
燐が好奇心から話しかけると、陽キャで有名な男子生徒が答えたのだ。
「今日の放課後までに数学のノートを提出しないといけないらしいんだよ。テストの点数だけじゃなくて、ノートの完成度も成績に響くって」
「え、うそ! それ、ほんと⁉」
燐の顔がみるみる青ざめる。彼女は慌てて真司の方を見た。
「真司! 今からでもいいから、ノート貸してくれない?」
「別にいいけど」
「うん、ありがと! ほんと助かるよ!」
真司は自身の机に向かうなり、机から取り出した数学のノートを燐に手渡した。
今日は数学の授業がない事から、放課後まで貸しても問題はない。
燐は目を輝かせてノートを受け取ると、すぐさま自身の席へと向かい、早速書き写し始めた。
放課後。教室には真司と燐の二人だけが残っていた。
燐はテニスの試合で休んだ分のノートを埋めるのに必死で、ペンを動かす手が止まらない。
真司は自分の席でぼんやりと燐の姿を見守っていた。
夕陽が教室の窓から差し込み、燐のショートヘアにオレンジ色の光が映る。
「はぁー、ようやく終わったぁ!」
燐が席に座ったまま背伸びした後で、ノートを閉じる。
教室の時計の針は夕方の五時を指していた。
燐の顔には疲れが浮かんでいたが、達成感も滲んでいたのだ。
「やっと終わった感じか?」
「うん! 真司のおかげだよ。ほんと、助かったよ!」
燐の笑顔に、真司の心が少し温かくなった。
「じゃあ、そろそろ帰るか。提出用のノートは職員室にいる担当の先生に提出するんだよね」
「うん、そうだね! じゃ、行こっか!」
一先ず帰宅の準備を整えた二人は、校舎一階の職員室に立ち寄った。
数学の担当教師にノートを提出した二人は、ようやく肩の荷を下ろしてホッとした表情を浮かべていた。
「真司、これで一安心だね」
「そうだな」
「じゃあ、これから少しだけ街中に寄って行かない? 私、何か奢るよ」
「え、いいよ」
「だって、今日は真司に助けてもらってばかりだったし、ほら、行くよ!」
「え⁉」
夕陽に染まる校舎を背に、真司は燐に捕まれた腕を引っ張られながら校門をくぐる。
通学路を歩く二人の影は、どこか楽しげに揺れていたのだった。
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