第26話 三人で過ごす温かい放課後

 夕焼けが街をオレンジ色に染める放課後。

 佐久間真司さくま/しんじは妹の若菜わかなを連れて、最近よく利用しているファミレスへと足を踏み入れた。ガラス張りの窓から差し込む柔らかな光が、店内の賑わいを温かく彩っている。

 二人は店員に案内された窓際の席に腰を下ろすと、真司はホッと息をついた。美愛の一件がようやく片付き、心が軽くなっていたからだ。


「やっと平穏な日常が戻ってきたね、お兄ちゃん!」


 若菜がキラキラした瞳で笑いかける。妹の明るい声は、このファミレスの空気を一層弾ませる魔法のようだった。


「そうだな。これでしばらくは安泰だろうな」


 真司は小さく笑顔を浮かべて頷き、店員が持ってきた水を一口飲んだ。少し冷たい水が喉を滑り、頭の中ではこれからの楽しいことがぼんやりと浮かんでいた。

 平野美愛ひらの/みあの一件は確かに面倒だったが、こうして妹とまったり過ごせる時間が戻ってきたのは悪くない。


 テーブルの上には、色とりどりのメニュー表が広げられていた。現在利用しているファミレスは最近のお気に入りの場所で、何度来ても飽きない魅力があった。

 料理の味はもちろん、店内のカジュアルで温かい雰囲気も最高だ。それに学校から少し離れている事から、知り合いの視線を気にせずにリラックスできるのもポイントが高い。


 真司は若菜と対面する席に座りながらメニューを眺めつつも、財布の中身をチラリと思い出す。

 この前の土曜日、隣街で散財してしまったことを。だから今日は、コスパ重視の選択肢を模索していた。


「ねえ、お兄ちゃん! 私、このサラダバーにしたいな! お兄ちゃんも、これにしよ」


 若菜がメニューのカラフルな写真を指さし、目を輝かせて提案してきた。


「サラダバーか。六〇〇円で食べ放題ってやつだよな。そうだな、それでも悪くないな。安いし、おかわり自由だし。良い選択肢だと思うよ。じゃあ、俺もサラダバーにしようかな」


 真司も決め終えると、近くを通りかかった女性店員を呼び止めた。


「すいません、サラダバー二人分でお願いします」


 ――と注文を済ませると、若菜と一緒にサラダバーコーナーへ向かう。


 サラダバーコーナーは、まさに食のワンダーランドだった。色鮮やかなカットレタス、フワッとしたポテトサラダ、シャキシャキのコーン、わかめやひじきといった海藻類まで、食材がずらりと並んでいる。

 さらにはカレーやスープ、こんがり焼けたパンまで揃っていて、選ぶだけでテンションが上がる。

 ドレッシングもシーザー、和風、ゴマとバリエーション豊富で、自分だけのオリジナルサラダを創作するアトリエのようだった。


「うわぁ、どれにしよう! 全部美味しそうだね!」


 若菜は目をキラキラさせながら、大きな皿にレタスを山盛りにし、ポテトサラダとコーンをトッピング。仕上げにシーザードレッシングをたっぷりかけて、満足げにニコニコしていた。

 その若菜の笑顔は、シェフになったかのような誇らしさに満ちていたのだ。


 真司も盛り付けを開始。レタスをベースに、ポテトサラダをガッツリ大盛りにし、和風ドレッシングでシンプルに仕上げる。自分好みにアレンジできるのがサラダバーの醍醐味だ。


 二人はサラダをよそった後で、カレーライスも追加で新しい皿に盛り付け、満足感たっぷりの皿を抱えて席に戻ろうとした。その時だった――


「真司! 若菜ちゃん!」


 ファミレスの入り口から、聞き覚えのある元気な声が響く。


 声する方へ視線を向けると、そこには部活帰りの高松燐たかまつ/りんが立っていた。汗で少し湿った黒髪のロングヘアを揺らし、にっこりと笑う彼女。

 燐は部活終わりにファミレスに行くと言っていた。ようやく部活が終わったらしい。

 燐は出迎えてくれた女性店員に軽く説明すると、真司らと同じテーブルを利用する事になった。


「へえ、サラダバーにしたんだ! いいね、私もそれにしよっと!」


 燐はそう言うや否や、水を持ってやってきた店員にサラダバーを注文し、サラダバーコーナーへと向かって行ったのである。




 燐が席に戻ってきた時、彼女の皿はまるでアート作品のよう。レタスを基調に、カラフルな野菜が山盛りで、その上にはソースはかかっておらず、野菜そのものの味を堪能したいようだ。

 他にはコーンスープとパンを三つも添えている。燐は若菜の隣のソファに腰を下ろすと満足げに笑みを見せる。


「燐、結構食べるんだな」


 燐の正面の席に座っている真司が思わず突っ込むと、燐は少し頬を膨らませて反撃してきたのだ。


「だって、さっきまで部活で頑張っていたんだよ! これくらい食べないと、バッテリー切れちゃうから」


 燐の言葉に、若菜がクスクスと笑う。

 運動終わりには、しっかりと力をつけないとエネルギー不足になる。

 普段からテニスをしている彼女からしたら、それくらい食べるのは普通なのだろう。


「それにしても、美愛の一件、ようやく片付いてよかったね」


 燐がサラダをフォークでつつきながら、ふと言葉を漏らした。


「そうですね。これでやっとゆっくりできるよね、お兄ちゃん!」


 若菜が弾んだ声で同意し、真司に話を振った。


「ああ。美愛の謹慎が一週間ってのはちょっと短い気もするけど、初犯だしな。まあ、しょうがないかって思うよ」


 真司は肩をすくめつつ、内心ではこれでしばらく平和だとホッとしていた。

 こうして親しい人らと笑い合える時間が戻ってきたのは、幸せだと思う。




 夜の七時を過ぎると、ファミレスには仕事帰りの客が増え始め、店内は一層賑やかになってきた。三人はサラダを頬張りながら、たわいもない話で盛り上がる。

 部活の話、普段あった出来事、さらには次は何食べようかなんて話まで飛び交い、笑い声が絶えなかった。


「ねえ、ドリンクバーも追加しちゃおうよ!」


 若菜の提案に、燐がナイスアイデアと目を輝かせ、真司もまあいいかと渋々賛同した。ドリンクバーのカラフルなジュースや炭酸を片手に、三人の会話はさらに弾んだ。


 時間はあっという間に過ぎ、夜八時が近づく頃、三人は名残惜しそうに席を立つ。

 外はすっかり夜の帳が下り、街灯がオレンジ色の光を放っていた。


「また明日ね!」


 ファミレスから少し離れた場所で、燐が手を振って別れを告げる。

 若菜も今日は楽しかったですと笑顔で返す。

 真司は燐が立ち去って行く姿を見て、軽く手を振った。


「さて、俺らも帰るか」


 街頭の明かりを背に、二人は歩き出す。

 夜の時間帯。街は静かに眠りにつく準備を始めていた。が、真司の胸の内には、燐や若菜とのささやかな時間が温かく残っていた。

 きっと明日も、こんな風に笑い合える日々が続くはずだと思いながら。

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