第18話 今日の放課後は、小さなライブ会場へ!

 放課後の校舎、昇降口。佐久間真司さくま/しんじは妹の若菜わかなと、いつものように他愛もない会話を繰り広げていた。


「ねえ、お兄ちゃん! 今日は約束通りカラオケ行くよね?」


 若菜がキラキラした瞳を輝かせ、真司をまっすぐ見つめる。


「駅前のカラオケだろ。わかってるよ」


 真司は少し照れくさそうに答える。

 その時、弾けるような声が昇降口に響いた。


「ねえ、真司! 若菜ちゃんも、お疲れ~!」


 昇降口に現れたのはクラスメイトの高松燐たかまつ/りんだ。黒髪のロングヘアを揺らし、スポーツバッグを肩に担いだ彼女は、いつも通りのハツラツとした笑顔で二人に近づいてくる。


「燐、急にどうした? 今日は部活じゃなかったのか?」


 真司が少し驚いた様子で尋ねると、燐はケロッとした顔で答えた。


「それがさ、急遽なくなったの! だからね、せっかく三人揃ったんだし、どっか寄って行こうよ」


 その言葉に、若菜の目が一気に輝いた。


「いいですね! 私、お兄ちゃんとカラオケに行く予定だったんです! 燐さんも一緒にどうですか?」

「カラオケ? いいじゃん! ちょうど歌いたい曲あったんだよね。じゃ、一緒に行こ!」


 燐もノリノリで応え、若菜のテンションはさらにアップ。

 真司はそんな二人を横目で見ながら、微笑ましい気持ちになる。こうして、三人の放課後の方向性が決まったのであった。




 駅前のカラオケ店に向かう三人。夕方の街は、制服姿の学生やスーツ姿のサラリーマンで賑わい、ネオンの光がキラキラと街を彩っている。カラオケ店の入り口に着くと、派手な看板が三人を迎えた。


 店内はピークタイムらしく少し混雑していたが、受付でサクッと手続きを済ませ、三人は指定された部屋へ。

 部屋はこぢんまりとしていたが、大きなテレビモニターとカラフルな照明がテンションを上げてくれる。


「最初は私が歌ってもいい?」

「いいよ。若菜が最初に提案したんだしな」


 真司は妹にそう返答した。

 すると、若菜はマイクを握り、ソファに飛び乗るように座る。その隣では燐が曲のセレクトに目を輝かせ、二人でワイワイ盛り上がっていた。

 真司はそんな様子を微笑ましく見つつ、ドリンクバーへ向かうことにしたのである。


「俺さ、ドリンクバー行くけど、二人とも何がいい?」

「私はメロンソーダ!」


 若菜が即答。


「私は紅茶ミルクティーかな!」


 燐も元気よく答える。


「わかった。すぐに戻ってくるから!」


 真司はカラオケの個室を後にする。


 真司は店内のドリンクコーナーにて、三人分のコップを手に、メロンソーダ、紅茶ミルクティー、そして自分用のコーラをサクサクと準備する。

 三つのコップをトレーに乗せた真司は、部屋に戻るとテーブルにドリンクを並べた。


「ありがと、真司!」


 燐がニッコリ笑い、若菜もありがとうと満面の笑顔。二人とも、なんだかキラキラしていた。


「じゃ、ジュースも来たし、私から歌うね!」


 若菜はメロンソーダを一口飲むとマイクを握り、選曲していたのは最近流行りのアップテンポなアニソンだ。イントロが流れ始めると、若菜はノリノリで歌い出す。

 元気いっぱいの声が部屋中に響き、カラフルな照明が若菜の動きに合わせてキラキラ光る。小さなライブ会場のようだった。


 真司はソファに腰を下ろし、コーラをちびちび飲みながらモニターのMVを眺める。


 若菜、元気になったな……。


 真司は心の中でそう呟き、妹の楽しそうな姿に胸を撫でおろす。少し前まで、若菜は悩んでいる様子だった。それを思い返すと、真司の胸には心配の影がよぎるが、今こうやって笑顔で歌う姿を見ると、ホッと安堵の息が漏れた。


 若菜が歌い終えると、燐が次は私と立ち上がり、アニソンでも有名なJ-POP歌手のヒット曲を熱唱。

 意外にも澄んだ歌声で、聞き惚れるほどだ。彼女のエネルギッシュなパフォーマンスに、部屋の空気がさらに熱を帯びる。


 カラオケルームは、三人の小さなパーティー会場と化しており、歌って、笑って、注文したポテトやピザをシェアして、ワイワイ盛り上がる。

 真司も途中からマイクを握り、一〇年前の懐かしいアニソンを歌ってみたりと。カラオケでは、ついノリノリになってしまう。


「私、歌いたい曲あるから、次行くね!」


 若菜が再びソファから立ち上がると、マイクを手にノリノリで次の曲をセレクト。妹の楽しそうな姿を見ながら、真司もリズムよく、個室に合ったマラカスを鳴らす。


 燐はペンライトを使って合いの手を入れていた。


 燐もまた、この時間が楽しくて仕方ない様子。彼女の明るい性格が、部屋全体をさらにキラキラした空気で満たす。三人は交互に歌い、笑い合い、時間が経つのを忘れるほどだった。


 ふと、部屋の時計を確認した時には、終了の時間が迫っていることに気づく。


「もう時間か……」


 若菜が少し残念そうに肩を下ろす。


「まあ、しょうがないよ。早く帰らないと、母さんも心配するだろ、若菜」

「うん、そうだね……」


 真司の言葉に、若菜は少し名残惜しそうに頷く。


「ねえ、真司、若菜ちゃん! またこうやって遊ぼうよ!」

「はい! そうですね!」


 時計の針が夜の七時を指す頃。三人は名残惜しそうにカラオケ店を後にした。

外はすっかり暗くなり、街のネオンがキラキラと輝いている。

 駅前の交差点に差し掛かると、燐が大きく手を振った。


「今日は楽しかったよ! 私、こっちから帰るから、また明日ね!」

「はい!」


 若菜も元気に応じるのだ。


 真司も手を振り、横断歩道を渡る燐の後ろ姿を見送る。信号は赤く染まり、夜の街に彼女は溶け込んでいく。


「じゃ、俺らも帰ろうか」

「うん!」


 真司と若菜は、自宅に向かって歩き始める。電灯に照らされた道を並んで歩きながら、若菜がぽつりと呟いた。


「お兄ちゃん。今日、楽しかったね!」


 真司は小さく頷き、妹の笑顔を見る。


「そうだな、楽しかったな。また時間がある時にカラオケに来ような」

「その時は、もっと歌が上手くなってるといいな」

「でもさ、若菜、歌うまかったよ」

「え、そうかな? もしかして、最近、アニソンばっかり聴いてるからかも!」


 若菜が照れ笑いすると、真司はなるほどなと納得したように笑う。

 辺りの明かりが二人を照らす中、真司はふと思う。


 こんな何気ない時間――仲間や妹と過ごすこのひと時が、実は一番大切なのかもしれない。

 夜道に、二人の足音が軽やかに響いていたのだった。

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