第2話 スパルタ指導開始!「まずはその腐った目と貧弱ボディを叩き直しますわ!」

 昨夜のルナの衝撃的な登場と、最後のチラリと見えた桜柄の何か……。

 その余韻に浸る間もなく、翌朝、陽翔はスマホのけたたましい通知音で叩き起こされた。

 画面には、仁王立ちする夢咲ルナのアバターからのメッセージ。

『いつまで寝ているんですの、この怠け者! 今日の課題を開始しますわよ!』

 その有無を言わせぬ口調に、陽翔は「やっぱり夢じゃなかった……」と現実を再認識し、重い体を無理やり起こした。


「おはようございます、陽翔さん。よく眠れたかしら? ……まあ、その顔を見る限り、ろくに眠れていないようですわね」


 ユメプロを起動すると、ルナが呆れたような声で出迎えた。


「うぅ……ルナさん、おはようございます……」

「さあ、感傷に浸っている暇はありませんわよ。今日の課題は、あなたのそのだらしない外見と、貧弱極まりない体力の改善ですわ!」


 ルナはビシッと指を突きつけ、宣言した。


「まずは、その寝癖だらけの髪と、死んだ魚のような目をどうにかしなさい! 洗面所へ行って、鏡の前に立つのですわ!」


 言われるがままに洗面所へ向かい、久しぶりに鏡で自分の顔をまじまじと見た陽翔は、愕然とした。

 伸び放題の無精髭、目の下の深い隈、覇気のない虚ろな表情。


「うわ……俺、こんな酷い顔してたのか……」


 自己嫌悪で胸が押し潰されそうになる。

 こんな状態で、本当に彼女なんて作れるのだろうか。


「絶望するのはまだ早いですわ。素材は……まあ、磨けば光る……かもしれませんし?」


 ルナの微妙なフォローが、逆に陽翔の心を抉る。

 それでも、ルナは容赦なく指示を続けた。

「まずは洗顔! そして歯磨き! 髪も最低限ブラシくらい通しなさい!」

 言われるがままに身だしなみを整えると、ほんの少しだけ、マシになった気がした。

 気のせいかもしれないが。


「次に、その貧弱な肉体ですわ! まずは簡単な運動から始めましょう。ラジオ体操、用意!」


 自室に戻ると、スマホから軽快なラジオ体操の音楽が流れ始めた。

 陽翔は渋々体を動かし始めるが、数分で息が切れ、膝に手をついた。


「はぁ……はぁ……き、きつい……」

「これではお話になりませんわ! これしきの運動でへばっていては、デートでエスコートもできませんわよ? 次は外に出て、30分間のウォーキングです!」

「ええっ!? 外……!?」


 数年ぶりの本格的な外出に、陽翔は尻込みした。

 人目が怖い。笑われるかもしれない。


「まさかこの程度で音を上げるつもりじゃありませんわよね? さあ、早く準備なさい!」


 ルナの有無を言わせぬ声に背中を押され、陽翔は重い足取りで玄関へ向かった。

 近所の公園までの道のりは、陽翔にとって地獄のようだった。

 道行く人の視線が全て自分に向けられているように感じ、挙動不審になる。


『もっと胸を張って歩きなさい!』

『そんなにキョロキョロしていたら、不審者だと思われますわよ!』


 イヤホンからは、ルナのリアルタイムダメ出しが容赦なく飛んでくる。

 なんとか公園にたどり着き、ベンチで息を整えていると、ルナが少しだけ優しい声色になった。


「まあ、初日にしては上出来ですわ。継続することが大事ですのよ」


 陽翔が休憩している間、ルナは自身のVTuberとしての活動について少しだけ語った。


「わたくしも、皆さんに最高のパフォーマンスをお届けするために、日々努力を欠かしませんの。歌やダンスのレッスンはもちろん、トークのネタ探しや企画会議だって大変なんですのよ。あなたも、自分の人生という舞台で輝くために、努力なさい。この夢咲ルナが、そのための道筋を示して差し上げますわ」


 いつもの高飛車な口調ながらも、その言葉にはどこか陽翔を励ますような温かさが滲んでいた。

 陽翔は、画面の中の華やかな姿の裏にある、彼女の努力を垣間見た気がした。


「ルナさんも……頑張ってるんだな……」


 少しだけ、心が動かされた。

 変わりたい。

 本気でそう思ったのは、何年ぶりだろうか。


 夕方。

 今日の課題はこれで終了だとルナが告げた。


「明日はもっとハードですわよ。覚悟なさい、このヘタレ!」


 いつもの罵倒だが、陽翔にはどこか愛のある鞭のように感じられた。

 ぐったりと疲れていたが、不思議と体は昨日より軽く、気分もわずかにマシになっていることに気づく。


「……あれ? なんか……いつもより飯が美味い……かも?」


 スマホに目をやると、ルナからのメッセージが表示されていた。

『そういえば、昨日のアレ……システムの不具合だったみたいですけど……変な期待はしないでくださいましね! わたくしは、そんな破廉恥な趣味はありませんから!』

 メッセージと共に送られてきたルナのアバターの顔は、心なしか赤らんでいるように見えた。

 陽翔は思わずニヤけてしまう。


「(期待しまくりです!)」


 と心の中で叫びながら。

 明日の課題は一体なんだろうか。

 恐怖と、ほんの少しの期待。

 そんな複雑な感情を抱きながら、陽翔は久しぶりに熟睡することができた。

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