落ちこぼれ剣士、最初の一太刀

翌朝。リーナと俺は、小さな村のはずれにいた。




 手にしているのは、古びた木剣。重さは実戦用の半分程度。それでも、リーナは最初から全身を緊張させていた。




 「そんなに力むな。まずは構えろ」




 「……うん」




 剣の基礎。構え、足運び、振り下ろし。




 俺は“戦えない”スカウトだが、基本的な技術の理屈は頭に入っている。教えるというより、修正点を言語化して伝えるだけの指導だった。




 リーナは、それを瞬時に理解し、体現してみせる。




 「……筋がいいな」




 俺が思わず呟くと、リーナは恥ずかしそうに笑った。




 「昔から動くのだけは得意だったんだ。頭使うのは苦手だけど」




 だが、それは才能の一端にすぎない。




 彼女のスキル適性を示す“因子グラフ”は、今も俺の視界に浮かび続けている。


 その中でも異常なのは、《反応速度》と《集中力持続》。訓練によって伸ばせるタイプの因子だ。




 つまり――やればやるほど、強くなる。







 昼過ぎ。




 俺たちが野営場所を探していたとき、事件は起こった。




 「……あれ、人が倒れてる!」




 森の小道。倒れていたのは商人風の男と、砕けた荷馬車。そして、その周囲に立っていたのは――




 「盗賊か。3人、武器持ち……」




 小型の斧、片手剣、短弓。明らかに訓練を受けていない動きだが、経験だけは積んでいる様子だった。




 「どうする、カイル……?」




 リーナの声が震える。だが俺は即答した。




 「逃げ場はない。やるしかない。お前なら勝てる」




 「……でも、私、戦ったことなんて」




 「お前は“戦える”才能を持ってる。俺はそれを見た」




 言った瞬間、リーナの因子グラフに再び揺らぎが走る。




 覚醒前の兆候だ。







 盗賊の1人がこちらに気づき、剣を抜いて突っ込んできた。




 リーナは反射的に木剣を構える。体が震えている。呼吸も浅い。だが、その一瞬――




 彼女の動きが変わった。




 「ッ!」




 盗賊の突きを半身でかわし、そのまま腰をひねって一太刀。


 音が鳴る前に、木剣の先が盗賊の脇腹を打ち抜いていた。




 倒れ込む盗賊。残りの2人が立ち止まる。




 「なんだ……今の動き……」




 俺ですら、目で追いきれなかった。




 リーナは木剣を構え直す。表情が変わっていた。怯えではない。集中だ。




 その瞬間、グラフが弾ける。




 《反応速度:A+》の因子が完全に発現。


 《剣技初歩》のスキルが、戦闘の中で自動進化した。




 新スキル:《剣閃》




 連撃・回避に特化した初心者用のスキルだが、彼女の身体能力と合わさることで、異常な性能を発揮する。




 残りの盗賊は、もはや彼女の敵ではなかった。







 戦いのあと。リーナはその場に座り込み、息を整えていた。




 「……勝てた……私が……」




 「お前の中には、最初からその力があった。ただ、それを見抜ける奴がいなかっただけだ」




 俺は静かに言った。




 「スカウトは戦えない。でも、才能を見抜き、拾い、磨くことができる。お前が証明してくれたよ」




 リーナは少し涙ぐんでいた。




 「ありがとう、カイル……。私、今なら……ちょっとだけ、自分のことを信じられるかもしれない」




 その瞬間、彼女の因子グラフがさらに微かに変化した。


 ──覚醒因子・段階Ⅱ、反応あり。




 この旅は、きっと面白くなる。




 そしていつか、あの“見る目がない勇者たち”の目の前で――




 俺が選んだ仲間の力を、思い知らせてやる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る