第1章 2038年12月24日
第2話 七色の光跡①
………ッ、ピピッ、ピピピッ!
布団から出した手でテーブルの上を探り、スマホやメガネをかき分けて目覚まし時計を止める。
枕から顔を上げると、デジタル数字で二○三八年十二月二十四日、五時十八分の表示。
カーテンの向こうにはまだ陽射しの気配もなかったが、また一日が始まってしまう。
今日の現場は少し遠い場所にあった。
しかも、仕事内容もかなりキツいはず。
もう、起きないと………。
◇ ◇ ◇
鳥居の上に掲げられている木枠の
それから、短い参道の左側を通って拝殿前まで行き、正面をあけたまま二礼したあとで、二回手を合わせる。
ご利益があるわけでもなければ、有名なパワースポットでもない。
境内にあるものといえば、ささやかな手水舎と、拝殿を守るようにその左右に立つ二本の檜ぐらい。
そのうちの一本、右側のものは雷に打たれて裂け、幹の根元の部分だけ残っている。
そんなただのこぢんまりとした近所の神社でしかなかったので、訪れる人もほとんど見かけなかった。
それでも、仕事前に必ず立ち寄って参拝するのが日課だったので、ノボルは今日もまたそうしていた。
かといって、願いたいことは特にない。
欲しいものも。
単純に、朝の清く心地良い空気を感じたいだけなのかも知れない。
でも、あえて言うなら、何の取り柄もない自分が、どうにか社会の隅でかろうじて生活ができている。
それはある意味では、何か、もしくは誰かのおかげ。
だから、なんとなく、こう思う。
こんな僕を、生かしていただいてありがとうございます―――――。
そして、最後にゆっくりと一礼をすると、また参道を引き返す。
その際も、真ん中をあけて左端を通り、石畳の間から顔を出している草花もつぶさないように注意する。
やがて鳥居まで戻ったノボルは、ふと顔を上げた。
わずかに夜の余韻を残す空に月が浮かんでいた。
右半分が淡黄色に染まっている。
どうやら、上弦をわずかに過ぎた頃のようだった。
あと七日で満月になるだろう。
そうやって何百年、何千年、何万年と地球の側を回り続け、満ちては欠けてを繰り返している。
地球上の人間にとって、それは最も身近で馴染みのある天体の一つだった。
にもかかわらず、いつの頃からか、名称が変わってしまった。
「オリジナルムーン」。
“第一の月”という意味合いを込めてつけられた名前だった。
その一方で、もう一つ見慣れない物体がある。
オリジナルムーンの左下辺りに浮かんでいるもの。
それは、第二の月「エンジェルムーン」だった。
色は白。
前回の満月の時に、忽然と現れたのだった。
しかも、エンジェルムーンは、毎日少しずつオリジナルムーンに向かって近づきつつあるようだった。
そのうちに、ぶつかってしまうのでは?
そもそも、どこからやってきたのか?
月が二つになったら、地球はどうなってしまうのか?
だから、発見された当初はそんな憶測が飛び交い、不吉な出来事の予兆などと物議をかもして大騒ぎになった。
ところが、今ではほとんど誰も関心を持って見上げることもなくなっていた。
みんな自分の生活で手一杯で、地球の外のことにまで関心を持つ余裕などなかったからだ。
だが、ノボルは単純に疑問を抱き続けていた。
月が生命の営みに大きな影響を及ぼしているのならば、一つが二つになったらそれなりの混乱が生じるはずだと思えたからだ。
例えば、産卵とか。
それで、カエル化現象が起きているのかも………?
と、ノボルが取りとめもなくあれこれと考えていると、二つの月のやや上方を一筋の光が尾を引いて流れていた。
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