第10話 四人の部員
「おはよう」
「おはよう。もうお昼だけどね」
「ねえねえ。事情聴取って、お土産にカツ丼貰えるって本当?」
「マッ! いや、そんなの聞いた事ないよー」
ベージュ色の制服を着た四人の男女が、学園側から言われた通りに新校舎の美術室に集まりだした。董正学園の現美術部員だ。
四人は水川が描かれたスケッチブックが美術室に有った事をまだ聞かされていない。そもそもスケッチブックを持ち込んだのは、この四人ではない。昨日は全員、夕方の五時には帰宅していたのだ。だからなぜ自分達が警察から事情聴取を受けるのか、全くもって見当がついていない状態だ。
「ねえ。誰か何か悪さしたの?」
現美術部の部長、
「いや、先輩! 何で俺の方を見るんですか!」
「メバナ先輩! 私、鶸中に生贄ヌードをやってくれって言われましたー」
明らかな嘘泣きポーズで二年生女子の
「いや、萌黄! 俺、そんなの言った事ないだろ!」
「あーあ。やっちゃったね。刑事さん、『動くなッ!』って、拳銃突きつけて入ってくるよ」
「鶸中、逃げてー! 早く逃げてー!」
三年生女子の
「あっ、みんな来たみたいよ」
ノックと共に白藤達が入って来た。挨拶が交わされると、四人は何も悪い事をしてないのに、『警察』って言葉だけで威圧を感じ、緊張感が走りだす。
「硬くならず、リラックスして下さい。今日は皆さんに美術部に関して、少しだけお聞きしたい事が有って、こうして集まってもらっただけですから」
「は、はい……」
白藤は、昨日のうちに四人が水川と知り合いでない事と、五時にはそれぞれ帰宅していたから水川と接触したり、スケッチブックを置いたりした人物でない事は知っていた。それとは別の事が知りたく、態と灰汁巻には遠慮を願って場を作ってもらったのだ。
「先ず、昨日の放課後、部活中に入部希望の生徒さんは来ませんでしたか?」
「いいえ。私達、昨日は先生も会議でしたし、早目に部活を切り上げたんです。帰った後に訪ねて来たのなら分かりませんが……」
「鍵は閉めて帰りました?」
「はい。四人で鍵は職員室に返しに行ってます」
代表して部長の熨斗目花が答えた。話が本当なら美術室は昨日、白藤達が入るまではずっと鍵が掛かっていた事に成る。するとスケッチブックは事件後に置いたのではなく、最初から美術室に有った事に成る。若しくは秘密の出入り方が有るかだ。
「灰汁巻先生は、どんな先生ですか? 優しいですか?」
その質問に困った顔をする熨斗目花。代わりに鶸中が答える。
「優しいですが、ちょっと変わってます」
「どんな風に?」
「何かあんまり美術室を使わしてくれないし、部活終わったら全員で直ぐに帰れって言うし、絶対美術室は一人で使うなとか言うし……」
「先生はなぜ、そう言うのか分かりますか?」
「何か高い教材が有るからとか言ってました」
「高い教材……」
白藤は少し考えてから更に質問を続けた。
「先生は一人で美術室を使う事は有ります?」
「はい。それは有るみたいです。時々、鍵が掛かっていても中に先生が居る時が有ります」
熨斗目花が答えたが、鶸中はまだ何か言いたい事が有りそうだったので、白藤は指名して聞いてみた。
「先生は女性の絵を描かせてくれないんです」
「女性の絵を? なぜかしら?」
「何か、人間はみんな人物画を描くとき、若い女性をモデルに描きがちに成るからだそうです。特に若い男子は直ぐ異性の顔を描きたがるから感性が広がらない、個性が無くなるとか言ってます。唯一描いて良いのは、この部屋にある女神の石膏像のデッサンだけなんです」
「女神の石膏像……」
白藤は見渡し、部屋にある十二の神の胸像を一つ一つ目で追う。そのモデルの神の名を呟きながら閃きかけた答えを導こうとしたのだが、どうしても最後が繋がらなかった。そして一番重要な質問に入る。
「皆さんは『動く肖像画』の噂は、知ってますね?」
一同は俯いた。その動作で知っているのは明確である。
「ごめんなさい。言いにくいかも知れないけど、知ってる事を教えてくれるかな?」
鶸中と萌黄が「どうしようか」という感じで目配せをしている。熨斗目花が小声で「言っても良いわよ」と、二人に伝えたので、決心がついたようだ。
「刑事さん。誰にも言わないでくださいね。唯でさえ怖がって、いっぱい辞めて行っちゃたんです。このまま噂が広まって新入部員が入って来ないと、廃部に成っちゃうんで……」
「わかりました。御約束いたします」
美術部にしては部員が少ないと感じていた。白藤は何か怖い経験をしたんだろうと予測していたのである。
「直接動く肖像画を見た部員は居ないんですが、怖い体験は幾つも有ります。それで良いですか?」
「はい。構いません。お願いします」
「じゃあ私から。あれは、去年の夏ぐらいの事でした……」
先ず二年生の萌黄が語りだした。
「皆んなで文化祭に飾る絵を描いていた時です。その時はまだ部員は、卒業した先輩達も入れて十人以上居ました。皆んな、思い思いに好きな絵を描いてたんです。全員が夢中に成ってたんで無言でした。でも、誰かが『暑いね』って言ったの。そしたら…………」
「そしたら?」
「そしたら、急に奥に有ったイーゼルが倒れたんです! 誰も触っていないのに! 皆んな慌てて外に逃げ出しました!」
「……それで?」
「それだけです……」
「その後、その場にいた人達に何か悪い出来事が有ったとかは?」
「特に有りません。みんな今も元気です……」
「……そうですか。ありがとうございました。他に有りますか?」
「私が一年生の時だから二年前の話ですが、良いですか?」
「ええ。お願いします」
三年生の刈安は、少し震えながら話しだした。
「あの時、私と先輩女子の二人しか美術室に居なかったので、誰も信用して貰えなかったんだけど……私と先輩はラフ画を描いて遊んでたんです。私は空気の入れ替えをしたくて窓を開けに行きました。そしたら、開いていたんです……」
「開いていた? 何が?」
「窓です! 窓が開いていたんです!」
「……窓は最初から開いていたのでは?」
「違うんです。旧校舎の三階の窓が開いていたんです!」
「旧校舎……」
確かに、この美術室からは中庭を挟んで旧校舎が見える。ただ、旧校舎の二階、三階は使用されていない為、全ての窓はカーテンが閉められていた。
「カーテンも開いていたのですか?」
「はい」
「人は?」
「其処までちゃんと見てませんでした。怖くて直ぐに先輩呼んで、一緒に見てもらった時は、もう閉まってたんです」
「……見間違いでは?」
「見間違いじゃありません! あの時、旧美術室の窓は本当に開いてたんです!」
「ちょっと待ってください……旧美術室?」
「はい」
「旧校舎にも昔、美術室が有ったって事ですか?」
白藤は聞かされていなかった。確かに現在その美術室が使用されていないのなら、態々警察に言う話でもない。けど、今と成っては話が変わってくる。
「その旧美術室は、いつ頃まで使用されてたんですか?」
「昔は美術部の部室として使われたんですけど、OBの先輩の話では、確か七年前には部室も此処に変わったとか……」
「七年前……」
「何かその先輩の話では、灰汁巻先生は美術室を引っ越しても、旧美術室を自分のアトリエみたいに使っていたと言ってました」
それを聞いた白藤は、誰も入って来ないよう入口付近で見張りをしていた山吹を呼びつけた。そして鋭い目つきで指示を出す。
「直ぐに灰汁巻教諭を呼んで来てください。今からその旧美術室に向かいます」
美呪術室 押見五六三 @563
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