第4話


 おかしいとは思っていた。


 この時までリリーに対してリリー本人がいくら訴えても新しいドレスなどこの頃には一切買ってくれなかった父親が嬉しそうな顔で突然リリーの為に新しいドレスを用意してくれたのだ。


 ただ、この時点で気づくべきだったとは思う。しかし、気が付いたところで幼いリリーにはどうする事も出来なかったのだが。


「明日王宮に行って殿下とお茶会をするぞ」

「え、王宮でお茶会……」


「ああそうだ」

「わ、分かりました」


 この「面会」が何を指すのかを当時のリリーはあまり理解していなかったが、父親の表情から何となく違和感は感じ取っていた。


 そして、これが婚約の最終段階だったのではないかと今更思っている。


 しかし、たとえそれが分かったところで当時のリリーに拒否権なんてものはなく、ただ頷く事しか出来なかった。


 エミル殿下はこの国『ブランド王国』の第二王子で、年の離れた兄が一人おり、この時点で既にその第一王子がほぼ国を治めていたのだが、国王にしては若すぎるという理由で、ほぼ国の運用をしていたのだが、この時はまだ正式に継いではいなかった。


 しかし、かなりの切れ者だと噂で、リリーの縁談はその第一王子によるものだった。


 そうして迎えた殿下との対面……だったのだが。正直、あまりいい思い出ではない。


 まずリリーを見ての第一声が「お前が私の婚約者だな」という事に驚いたのだが、それ以上にその横柄な態度が目についた。


 元々、王宮には何度か訪れており、その度に殿下とは軽い挨拶をしていた程度の仲だったのだが、まさかこんなに子供っぽい人だとは思いもしなかったのである。


 正直、その姿は当時。言葉を話し始め、自分の気に入らない事があるとすぐに癇癪を起し、ワガママ気ままをし放題だった弟を連想させるもので、思わずため息を漏らしそうになってしまった程だ。


 しかし、当時はまだ幼かったとは言えリリーも立派な淑女の端くれ。当然態度には出さずにただニコニコとその場を乗り切り、それが良かったのか正式に婚約が結ばれる事になった――。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 そこから月に一度はお茶会が開かれる様になり、場所は王宮かリリーの家のどちらかだったのだが、そこに言葉のキャッチボール……なんてものは存在していなかった。


 いつも殿下の自慢話を聞かされ、リリーはただそれにタイミングよく相槌を打つだけ。


 一度だけ会話の途中で質問をした事があったのだが……。


「今私が話しているだろう」


 会話の流れを止めてしまった事がいけなかったのか不機嫌になって帰られてしまったのでそれ以降は聞き手に尽力した。


 正直、これは「会話」とは到底言えず、もはや「相槌を打つ作業」と化しており、リリーとしては内心「こんな時間を過ごすくらいなら王立図書館で本を読んでいた方が有意義だわ」とすら思っていたくらいだ。


「――どうだ、私は素晴らしいだろう?」

「はい。とても素晴らしいですわ」


 もちろん、そんな事。微塵も見せはしないが――。

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