【番外編】トンテンカンよりも、君の声。 〜鉄の地霊クローネの沈黙録〜
私は、鉄の地霊。
名前は、クローネ。
元々、音のない場所にいた。
“溶鉱炉の下”――世界の底みたいな、熱と圧力だけのところ。
だから、最初に聞こえたあの声は、異常だった。
「この鍛冶場を“クローネ”と呼ぶ」
そのとき、私は“音”を知った。
そして、“言葉”をもらった。
◇ ◇ ◇
「こんにちは。えっと、名前は――」
「もう動いてる!? 工具振ってる!? 自己紹介!?!?」
初対面、自己紹介より先に作業を始めた。
悪気はなかった。そこに“壊れた壁”があったから、直しただけ。
あと、あなたの家、全部ネジが甘かった。
危ないから直した。ついでに棚も作った。
「……今、いつ契約したんだ?」
「昨日」
「お前の中では昨日=もう家族なの!?」
◇ ◇ ◇
私は無口だ。
正直、言葉を選ぶのが苦手。
だから、代わりに“物”を作る。
朝の目覚まし → レイガ専用、五段階アラーム付き
洗濯機 → 手動脱水機能あり(※足で踏む)
フライパン → 3層鋼。自己満足。
誰にも気づかれなくても、レイガは気づく。
「……これ、使いやすいな。ありがとな、クローネ」
その一言が、毎日の燃料になる。
◇ ◇ ◇
ただ、時々思う。
ミオナは、言葉がまっすぐ。
セリスは、頭がいい。
フィーネは、明るくて、うまく空気を回す。
リュミエは……なんか癒し。
ノクスは……ぬいぐるみ。
そして私は、“言葉が足りない”。
レイガと並んで歩いていても、
何も言えなくて、ただ沈黙が続いてしまう。
でも、たまに。
「……静かだな。でも、それがクローネらしくて落ち着くよ」
って言ってくれる。
私、あの時、たぶん1ミリ笑ってた。
◇ ◇ ◇
そういえば、少し前。
レイガの靴が壊れてた。ソールが剥がれかけていた。
黙って直しておいた。
その翌日、彼が笑った。
「……この歩きやすさ、なんか感動的なんだけど」
私は、
「そう」
ってだけ返した。
本当は、
“靴底の中に、ちっちゃい鉄の羽根を入れていた”なんて、言えるわけない。
“歩くたびに、少しだけ心が軽くなるように”って、
そんな恥ずかしい加工、言えるわけがない。
でも、知ってほしい気持ちは、あった。
◇ ◇ ◇
だから、先日。
村の片隅に、小さな鐘を作った。
手作りの、音のいいやつ。
風で鳴ると、カランって鳴る。
その音を聞いたら、レイガはこう言った。
「これ、なんか……安心する音だな」
私は、横でうなずくだけだった。
でも本当は、その鐘の内側に、ちっちゃく文字を刻んでいた。
『あなたの声が、いちばん好きです』って。
見せるつもりはなかった。
でも、もし、いつか。
“気づいてくれたらいいな”って。
それくらいの、ゆるい夢。
◇ ◇ ◇
鍛冶は、失敗しても直せる。
でも、言葉は違う。
伝える前に、壊れることがある。
だから私は、ゆっくり、ゆっくり。
この想いを、鍛えている。
焦らず、ゆるやかに。
「ありがとう」と言われたら、
「うん」とだけ返す。
それでも、いつか。
「好き」って言われたら――
たぶん、もう少しだけ、声を出してみたい。
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