ドルチェ・ルミエール
人生は劇的であるべきなのか。隣の家と自分の家のベランダで綱渡りをするように、ドキドキとワクワクで溢れるべきなのだろうか。綱がプツンと切れて怪我をしてしまっても、それすらドラマとして日々が彩られるような、そんなドラマチックな人生であるべきなのか。それとも街中を流れる小川のように緩やかであるべきなのか。紅茶とクッキーを嗜んだり、地元のサッカーチームを応援してみたり、読書の世界に身を投じてみたり、街中を散歩して思わぬ発見をしてみたり。そんな穏やかで緩やかで、軽やかな人生であるべきなのか。こういうのは人の数だけ答えがあって、これだ! と決めつけるような事は出来ないだろう。だからこそ自分の人生を決定づけれるのは自分だけだ。と、そんな風に最近の私は思う。しかしここで「しかし」という接続詞を使う他ないのがいささか私の人生のふらふらさを表しているだろう。私はこう言わざるを得ない。どうやら私の人生への決定力はとても弱いようで、綱を渡る覚悟をすれば風が吹き抜け、紅茶を飲んでいるとゲリラ豪雨がティーカップに溜まったりする。全くもって意思の力が働いてないようにも思うのだ。社会人になった今になってはそんな人生にもう身を委ねることしかできないが、しかしそれでもこういう人生も、また悪くないと思える。結果論かも知れないが、いろんな縁が出来たからかな。たまには責任を神様に押し付けるぐらいがちょうどいい。そんな風にも思うのだ。
「久しぶり、楓。仕事はどう? 順調?」
私は中学時代からの旧友とカフェで食事をしていた。
「会ってすぐそれなの? 順調よ、順調すぎるくらいに順調よ。京はどう? 最近はお母さんとも、しっかり上手くやれてる? 言いたいことがあったらなんでも言っていいからね」
私は母が苦手であった。それは就職活動の時に彼女が行かせたい企業と私がやりたいことが対立したからである。けれども、私は自分の意見を通した。遺恨は残ったが、お互い大人であり、私はそれを割り切れるだけの自立を手に入れたと言って過言ではない。
「ええ、最近は自立したっていうのもあって私から縁切り状態かな。そいえば、林檎ちゃんは元気?」
「元気も元気、光線のガールなんて呼ばれているらしいわ。一体何をやらかしてるのか」
「あはは、昔からヤンチャだったもんね。そういえば……」
私は中学時代の奇妙な出来事について、思い出した。あの時慟哭していた女子高生は、今の林檎ちゃんにそっくりであったように思う。が、しかしそのことは言わない。楓が一度も話さないから。彼女の問題に、私が手を出すような事は無粋だろう。今が幸せな私たちが、幸せであるために。
「そういえば……何?」
そんな私を見て楓は疑問符を頭に浮かべる。
「ううん、何でもない。ただね、もしかしたら私たちは誰かに救われていたのかもしれないってそう思っただけ」
私がそう言うと楓は目を閉じて、何かを撫でるような仕草をした。
「うん。きっとそう。私も京と同じ。だから、誰かが泣いていたら、そっと、抱きしめてあげるの」
楓がそう言うと、林檎のいい匂いがどこからか風に乗ってきた。私はそっと、それを撫でてみた。
ドルチェ・ルミエール 宇治抹茶ひかげ @hikagenon
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