第19話 赤点を回避せよ
授業中はしっかりと先生の話を聞き授業を受け、放課後には図書室で西野川達と共にテスト勉強へと励んでいると、あっという間に週末を迎えていた。
金曜の夜、陽太郎は部屋で勉強をしていたが気晴らしの為に押し入れから異世界へと潜り抜けて行った。すると小屋の外に人の気配がしたのである。
『ああ、お疲れ。陽太郎君も気晴らしに来たの?』
そこに居たのは部屋着姿の西野川である。
切り株の椅子に座りながら満点の星空を眺めていた。
『はい、たまには気晴らしも必要ですからね。一度頭をスッキリさせようかと思って。』
陽太郎も小屋の前へと出て行くと背伸びをして異世界の新鮮な空気を大きく吸い込んでいた。
『やっぱりさ?こっちの方が空気が美味しいよね?』
『はい!それは僕も感じます!新鮮な感じがしますよね!』
『どう?赤点は無事に回避出来そう?』
『今の所大丈夫だと思ってはいるんですけど。』
『まだ自信は無いんだ?大丈夫なの?』
西野川にジト目で見られそう言われた陽太郎は頭を掻きながら自信無さげに俯いていた。
『土日は?高橋君と勉強会するの?』
『はい、一応その予定です。図書館にでも行ってみようかなって。』
『偉いね!ちゃんと異世界はお休みするんだ。私明日ウィーグリーまで行って来るからさ!お勉強頑張ってね♪』
『え!?西野川さんウィーグリーに行くんですか!?テスト勉強は!?』
『私はもう丸一日こん詰める程やる事無いもの。日曜日に咲ちゃんとうちで勉強会するからさ。あ!何だったら二人ともうちに来る?どうせ図書館でやるならさ。咲ちゃんいた方が高橋君も助かるんじゃないの?』
『ええ!?西野川さんのお家にですか!?いや、それは流石に。まずくないですか?』
西野川からの突然の提案に陽太郎は動揺する。
『別にリビングで勉強会する分には何もまずい事も無くない?咲ちゃんいつも来てるし。』
『いや、でも僕達は男ですよ?』
『まあ嫌なら良いんだけど。高橋君は誘ったら来ちゃうかもね?咲ちゃんに勉強見て貰えるし?』
『そんな!!僕だけ仲間外れですか!?』
陽太郎が立ち上がり抗議をすると西野川はクスクスと笑っているのだ。
『まあお母さん居るけど図書館よりは落ち着いて勉強出来ると思うよ?丸一日図書館って結構しんどいからね?うちなら普通に話も出来るしさ。一応高橋君にもメッセージ送っておくから二人で決めておいてね?咲ちゃんは別にどっちでも良いって言うと思うから。』
西野川はそう言うと立ち上がり大きく背伸びをしていく。
『明日は私もストレス発散だからさ。久しぶり
『あ!
『うん!言っとく。陽太郎君は赤点回避で忙しいから来れないって♡ふふ♡』
西野川はそう言うと悪戯に笑っていたのであった。
◆◇◆◇
日曜日、陽太郎と智也は駅にて待ち合わせをしていた。
『おかしくないかな。』
『何で勉強会に行くのにそんなにお洒落をする必要があるんだよ。大丈夫だよ。おかしくないから。』
駅前でそんなやり取りをしていると、改札から北村咲が出て来たのである。
『お待たせしました。それでは参りましょうか。』
『何か手土産にお菓子とか買って行った方が良いですかね?』
『その必要は無いと思います。いつも樹里さんのお母さんがお茶菓子を出してくださいますから。』
『そ、そうですか。はい。』
毅然とした態度でそう言われた陽太郎は黙って後に着いて行く。
『北村さんはいつも西野川さんのところで勉強会してるんだよね?そんなに仲が良かったんだ。意外かも。』
『私と樹里さんは小学校からの同級生ですからね?親同士も仲が良いのですよ。樹里さんのお宅は広くて開放的ですので勉強が捗るんです。お母さんの手作りクッキーも美味しいですし。』
『え?広くて開放的なんですか?』
陽太郎が訝しみながら後に着いて行くと、その広くて開放的なお宅の前に到着したのである。
そこは門構えからしてもう明らかに立派なお宅であった。
北村は躊躇なく呼び鈴を鳴らしていく。
『はーい。今行きまーす。』
そして広いお庭の奥に見える玄関から私服姿の西野川が出て来たのだ。陽太郎は思わずドキッとしてしまう。いつも部屋着は見ているのだが西野川のお洒落な私服姿と言うのは初めて見たのであった。
『西野川さん立派なお宅だねぇ。』
智也もそう言いながら驚いている。
『さあ、どうぞー上がって上がって!』
陽太郎は緊張の面持ちで西野川邸へと足を踏みれたのであった。
玄関を上がりリビングへと通されるとそこには天井吹き抜けのだだっ広い空間が広がっていた。
陽太郎は口を開けたままぐるりと見回してしまう。
『あらあらいらっしゃい。男の子が来るのなんて随分と久し振りねぇ。』
そう言いながら迎えてくれたのは西野川樹里の二十年後を見ているかの様な綺麗なお母様である。
『お!お邪魔致します!た!高村陽太郎と申します!』
『高橋智也です。樹里さんと北村さんとは生徒会でご一緒させて貰ってます。』
『まあまあご丁寧に。樹里がいつもお世話になっております。さあさあ、ゆっくりお勉強頑張ってね。後でお紅茶とお菓子持って行くから。』
お母様はそう言うと和かにキッチンの方へと行かれたのであった。
『早く始めるよー。陽太郎君いつまで突っ立ってるの。』
見ると皆もう既にリビングのテーブルへと勉強道具を広げており、陽太郎も慌てて準備をしたのだった。
『陽太郎君は数学と英語が苦手なんだよね?何処が解らないわけ?』
西野川はそう言うとスッと陽太郎の脇へと寄り教科書を広げてくれる。
『あ、あの。この辺りが中々理解出来てなくて。』
北村と智也はそれぞれノートに向かって勉強し、たまに智也が北村へと質問をしていた。陽太郎は西野川にマンツーマンで指導をされていくのである。
『まあこれだけ出来てればまず赤点は無いでしょ。でもさ?平均点よりは上を採らないとダメだよ?陽太郎君。』
『いや!西野川さんそれは中々にハードルが高くないでしょうか?』
『高村君。平均点をハードルとする方がおかしいのですよ。普通に授業を受けて居れば採れる点数ですからね?』
『北村さん。もっと言ってやってくれ。陽太郎は僕が何度も言ったって聞きやしないんだから。』
陽太郎は三人に詰め寄られ針の筵であった。
すると助け舟が入ったのである。
『はいはい。少し休暇にしなさい?お紅茶とお菓子持って来たから。』
西野川母はそう言うと人数分の紅茶と美味しそうなクッキーを出して来てくれたのだ。
『これですこれです。お母さんの手作りクッキー。本当に美味しいんですよ?』
北村はそう言うと子供の様に喜んでいる。
『あら♡咲ちゃん嬉しい事言ってくれるわね♡ふふふ♡』
高そうな紅茶と西野川母の作ってくれた美味しいクッキーを頂いていると陽太郎は西野川に呼ばれたのである。
『陽太郎君。ちょっと来てくれない?』
『え?あ、はい。なんでしょうか?』
陽太郎は西野川に着いて階段を二階へと上がって行った。すると奥の一室へと通されたのである。
『ッ!?ここはまさか!?西野川さんのお部屋ですか!?』
そこはまさしく西野川樹里のプライベートルームであり、良い香りがしてお洒落な雰囲気で、まるで雑誌にでも載っている様なそんな綺麗なお部屋だったのである。
『いいからあんまり見ないでくれる?君に見てもらいたのはここだから。やっぱりねぇ。在るんだよなぁ。』
西野川はそう言うとクローゼットの扉を開け頷いていた。陽太郎も覗いてみるとクローゼットの中にはいつも西野川が異世界で着ているあの服などが掛けられており、その奥には緑色に淡く光り渦を巻く異世界へのゲートがチラリと見えていたのである。
『やっぱり君だと消えないんだよね。ちょっと試しに一往復通ってみてくれない?』
『あ、はい。では失礼します。え…でも大丈夫ですかね?戻ったら僕の部屋の押し入れの中とかは無いですよね?』
『その時は適当に誤魔化しておくよ!笑』
陽太郎はそう言うとクローゼットへと四つん這いで入って行き恐る恐る異世界へのゲートを潜り抜けて行ったのだ。
するとそこはいつもと変わらぬあの小屋の中であった。そして再びゲートを潜り抜けていくとそこは西野川の部屋のクローゼットの中だったのである。
『なるほどね。こっちから入ると陽太郎君が出るのもこっちになってるって事か。良く出来てるね?このゲートって。』
『本当ですよね?どう言う仕組みになっているんでしょうか?』
『まあ知りたい事はわかったから。はい!さっさと出た出た!』
『あ!はい!すみません!』
そして部屋を追い出され一階へと戻ると北村と智也が怪訝な顔をしていたのである。
『何してたんだ?』
『お二人で何をしていたんですか?』
『ちょっとね!ゲームの事で陽太郎君に確認をしてもらいたい物があったからさ。ね?』
『はい!異常はありませんでした!』
陽太郎がビシッとしてそう報告をすると二人とも首を傾げていたのであった。
『お邪魔しました!』
『はいはい。帰り道気をつけてね。』
『じゃあ陽太郎君は家に帰ってもう一度復習しておく様に!わかった?』
『はい!きちんと復習しておきます!』
手を振る親子に見送られ陽太郎達は西野川邸を後にした。
『いやしかし本当。綺麗なお母さんだったね。西野川さんは将来ああなるんだろうな。』
『お父さんも結構似ていますよ?樹里さんはどちらかと言うとお父さん似ですからね?』
『お父さんって一体何をやってる方なんです?あんな立派なお宅って事は。』
陽太郎はそれがずっと気になっていたのだ。
『樹里さんのお父さん会社を経営なさってますね。西野川と言う寝具メーカーですよ。知りませんか?』
『え!?知ってます!!え!?西野川さんってあの西野川なんですか!?』
『いやぁ、それは僕も初めて聞いたね。そうだったんだ。通りで立派なお宅な訳だよね。』
驚愕の事実を知り驚いていた陽太郎と智也であったが、それを話している北村咲自体も実は北村総合病院の娘だと言う事を知り更に驚く事となったのであった。
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