陽菜乃さんは霊が視えない! ~episode 4~
釜瑪秋摩
封鎖された第七研究棟
夜の大学キャンパスは、当然ながら静かだ。日中の喧騒が嘘のように消え、木々のざわめきと虫の声だけが響いている。
「ほんとにやるの? マジで?」
都市伝説研究サークルの
「やるって決めたのは泰河でしょ。肝試し企画、去年は雨で流れたから今年はやったるわい! って言ってたじゃない」
冷静な声で答えたのは、同じくサークルの同級生、
今回の舞台は、大学の敷地外れにある第七研究棟。数年前に事故があったとかで封鎖されていたが、最近、夜になると中に灯りがともり、人の気配がするという噂が流れていた。
「本当に……ここ、人はいないんですよね?」
後ろからそっとついてくるのは一年生の
「そもそも、こんな時間に鍵もなしで入れるのが変なんだよ……」
四年生の
香月は陽キャなだけあって、サークルで行うイベントの司会や、他校のサークルとの橋渡し的な役割を担っている渉外担当。有村は特に役職はないけれど、低くて渋い声のインパクトが強い。怪談を語らせると、雰囲気と相まって陽菜乃も背筋を震わせることがあるほど。泰河に至っては、たま~に泣かされている。
一行は、薄暗い廊下を進んでいく。何年も前に電気は通らなくなっているはずなのに、確かに奥の研究室の一つに、ぼんやりとした灯りが漏れている。
「……電源、生きてる?」
香月が驚いたように呟いた。
「っていうか、誰かいるってことじゃないの!? やばいってばよ! 先輩たちも!!! ねねね、もう帰ろうよ!」
「シッ! 泰河、しずかにして」
香澄にグイグイと前に押し出され、泰河が怯える中、陽菜乃は静かに足を止めた。
「感じる。たぶん、霊がいる」
「うそでしょ!? 陽菜乃さん、視えないんじゃ──」
「視えない。でも、わかる。空気が変だし、鈴が鳴ってる」
小さな銀の鈴が、微かにチリンと音を立てた。
そのときだった。どこからか──ザザッ……ザザザ……というノイズのような音が響く。
「今の、なに……?」
五人が息をのむ中、泰河が懐中電灯を向けた先に、白衣姿の男が立っていた。だが、顔が、ない。
「ひっ……!」
香月の小さな悲鳴に気づいた男は、まるで霧のように消えた。それを皮切りに、研究棟全体が目覚めたように空気を変える。陽菜乃たちは足早に奥の教室に入った。
「この建物……霊的に記録された意識が残ってる」
陽菜乃は、ホワイトボードに残された図形、資料棚の中の書類、机に置かれたままのノート、そして再生され続けるデスクトップモニターの映像を見つめながら言った。
「こっ、これ……電気通ってないのにパソコン動いてるじゃん! どゆこと!? 陽菜乃! 冷静に分析してる場合じゃないってばよ!? さっきの白衣のも、アレ絶対に霊だからッ!!!」
「騒いだって電気が止まるわけじゃないでしょ。っていうか、今、止まったほうが怖くない?」
「そうだけどッ! そうなんだけど、そうじゃないッ!!!」
「ヒナノ……おまえのその冷静さ、ヤバ……オレはタイガほどじゃないけど、結構マジでコワいんだけど」
「まあ、あたしには霊が視えないので。白衣の霊? も、サッパリ視えなかったですよ」
五人で覗き込んだモニターから流れる映像は、人間の脳波を霊的エネルギーに変換し、意識を『データ化』する実験。事故で中止されたものの、被験者の意識だけが消えずに留まり続けている──。
誰も触れていないのに、ノートがパラパラとめくれた。
ノートにはたくさんの数式が書かれ、薄ぼんやりと光を帯びている。
「なんで!? ノートが勝手にめくれてる!」
泰河は驚愕の声を上げ、教室中に視線を巡らせている。
「風か?」
「香月先輩、なに言ってるんですかッ! 窓なんてどこも開いてませんよッ!」
「泰河、騒がしいよ」
陽菜乃は光を帯びたノートとモニターを交互に観察した。フワッと冷たい空気が鼻先をよぎる。
「誰かに見られることで存在が強化される。まるで観測されるための幽霊だ」
有村が、呆然とつぶやいた。
「こんな研究していたなんて……初めて見た……」
香月がノートに書かれた数式を確認しようと、手を触れた瞬間、再び白衣の霊が現れた。
「うわぁああああああああっ!!! また出たあああぁっ!!!」
泰河の叫びに怯むことなく、白衣の霊は五人に近づいてくる。恐怖のあまり泰河は陽菜乃の腕を掴んで顔を伏せた。
陽菜乃の腕に泰河の視たイメージが流れ込んでくる。
「……そこにいたのね」
白衣の男の霊は、香澄に手を伸ばす。陽菜乃はすかさず胸もとからお守り袋を取り出し、鈴を鳴らした。
「こっちを見て! 香澄じゃなくて、あたしを!」
霊の意識が陽菜乃に向いた瞬間、鈴が激しく鳴り、周囲の空気が揺れた。
陽菜乃は霊の想念の源であるらしきノートを手に取り、お守り袋を押し付けたまま破り捨てる。紙が裂ける音とともに、霊は白い光に包まれて消えていった。
「陽菜乃さん……終わったんですか……?」
香澄が震える声で尋ねる。陽菜乃はゆっくりうなずいた。
「うん。あのノートが媒介になっていたんだね。ずっとノートに思念が残っていたみたい。破り捨てて中を見られなくなった今、彼はもう、誰にも見られなくて済む」
それから建物は不気味なまでの静寂を取り戻し、灯りもすっと消えた。
*****
帰り道、疲労困憊の泰河がぼやく。
「もう、二度と肝試しなんてやらねぇ……」
有村は「映像、ちゃんと録れてるかな~」とスマホを確認している。
「録れていたら、ミナトのいい会談のネタになりそうだな」
「香月先輩! 変なこと言うの、やめてくださいよ! 有村先輩もッ!!! 俺はそんなの絶対に……絶対に聞きませんからね!!!」
クスクスと笑う有村と香月に、泰河が涙声で訴えている。
まあ、泰河はいつも有村に怖い思いをさせられているから、仕方ない。
――そして翌日。
陽菜乃は泰河と一緒に、残った研究資料を探しに行ったけれど、やっぱり電気は通っておらず、資料やホワイトボードの図形は残っていたものの、例のノートとパソコンだけは跡形もなく消えていた──。
こうして都市伝説研究サークルの夏は、また一つ新たな本物を記録に刻むことになった。
-完-
陽菜乃さんは霊が視えない! ~episode 4~ 釜瑪秋摩 @flyingaway24
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