恋する異形

あんぜ

第1話 ハシバミのエルフを統べる異形

「これはこれは、また旨そうなおのこを見つけた」


 タルサリアと呼ばれる国を攻め落とし、その王を喰らった儂は王城にて、げにまっこと可愛らし気な男を見つけた。配下のエルフ共は男漁りに夢中だったが、皆この小さな男には興味が無いのか、広間で放置されていた。


「エストゼワゼル様、幼生に興味がおありか?」


 エルフの一人が足を止めて儂に声を掛ける。


「おお、これは人の幼生か? 小さなものだな。魔力が足りないのか?」

「人は魔力では大きくならない。こういうもの」


「何か言っておるが、これは我が主と同じ言葉か」

「小さくとも人の言葉を喋る。生殖能力はないから食べていい」


 そう言い残すとエルフはどこかへ飛んでいった。王を食べた時にはそれはもう酷く文句を言われた。あれらにとっては、それぞれにいい男の基準と言うものがあり、その多くの嗜好が合致する男だったのだそうだが、大将がいちばんを喰らって何が悪いか。


 儂はこの男を拾って持ち帰った。



 ◇◇◇◇◇



「エスタよ、今度は何を拾ってきたのだ」


 我が魔王ダイナストは人の言葉でそう問いかけてきた。


「其方と同じ、人を拾ってきた。人の幼生だ」

「人には幼生などない。子供と言うのだ。人の子だ」


「人の子か。食べてしまいたいほど愛らしいのう」

「食うのは構わんが、どこか他所でやってくれ」


 我が魔王ダイナストは酷く同族を憎んでいた。だが、人など滅びろと言っているにも拘らず、人が死ぬところは見たくないらしい。要するに心が弱いのだ。そのような魔王ダイナスト魔族デオフォルによって容易に心を操られる。我が魔王もそうであった。


 人の子は、しきりに何かを呼んでいた。


「これは何を言っておる?」

「おそらく父や母の名を呼んでいるのだろう。そのくらいの子はそんなものだ」


「なるほど、確かに聞き覚えがある。タルサリアの王と王妃の名だ」

「だろう」


「ではこのエイリスというのは何の名だ?」

「私が知るわけが無いだろう……」



 ◇◇◇◇◇



「エスタよ、まだを生かしておいていたのか」


 我が魔王ダイナストはまた問いかけてきた。


「今すぐ食うには惜しい気がしてきた。それに人の子は、儂に興味を持ったようなのだ。なぜ瞳が四つもあるのかだとか、なぜ角が生えているのかだとか、体の模様は誰が書いたのかだとか……」


「馬鹿馬鹿しい。意味などあるまい」

「意味ならあるぞ。四つの瞳は物質界の他、妖精界イセリアル星界アルトラルを見通し魔法の力を顕現する。意味はある」


「睨みを利かせていただけかと思っていたよ」

「角は魔族デオフォルの力の象徴だ。ひとつの捻りがひとつの不死性イモータリティを表す。儂には330の不死がある」


「ただの飾りかと思っていたよ」

「体の模様はこの物質界にこの形で顕現しつづけるための戒めだ。お主の力がそうさせているのではないか」


「それは知らなかった」

「で、あろう? 人の子は興味を持ったのだ」



 ◇◇◇◇◇



「エスタよ、今度は何だ?」


 我が魔王ダイナストは不満げに問いかけてきた。


「人の子が死にそうなのだ」


 儂は瘦せ細った人の子を抱えていた。


「まだ食っていなかったのか」

「食うのは後回しにしたのだ」


「何を食わせていた?」

「儂の魔力と朝露を与えていたが、いかんのか?」


「いかんも何も、人の子は我々のように不死ではないのだ。この世のものを食わねば死ぬ」

「なんと! 誰かこの世の食い物を持っておらんか?」


 魔王城の謁見の間を見渡すも、どの魔族デオフォルもこの物質界の食い物になど興味を持っていなかった。配下のエルフも人の精しか食わない。ただそこへ、オルクスという魔族デオフォルが名乗りを上げた。


「儂の配下のオークどもはこの世の食い物を大いに好むぞ」

「では、人の子に食い物を与えてくれ」


「育てるつもりか?」

「ああ、そうだな。育ててから食ろうてみたい」


「よかろう。ただし、お主と一度、交わらせてくれ」

「構わぬがオルクスよ、お主はこの世での命が惜しくはないのか?」


「なあに、儂を殺せるのは新月の日か、或いは処女が流す血を啜った童貞だけだ」


 命知らずのオルクスは、性欲と破壊の権化であった。儂の体を求め、交わったが、最後には儂の下の口に噛み切られた。ただそれでもオルクスは死ぬことなく体も再生した。


 儂はオークたちに人の子を託したのだ。







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 下の口に歯があるというのは中世西洋のよくあるネタですね。

 イモータリティを持つイモータルというのは不死の超越した存在、よく言う神や悪魔などを指します。


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