第37話 馬車にて


ハデル様とリメル様は御者台に乗っていますわ。


私ことモントリオール伯爵家長女セリナとセリア、マリルはそのまま馬車に乗っていますわ。


マリルはオーガの時の恐怖と私が不機嫌なせいで黙っていますわ。


セリアはオーガの恐怖と私がビンタしたからか泣いて寝てしまいました。


いかに子供だとしてもセリアのあの態度は許せませんわ。


護衛騎士や従者が全員死に危ない状況のなか、ハデル様は命懸けで私達の救出の為に飛び込んでくれたのです。


馬車の窓から見ていたから分かりますわ。


あの戦いは凄く危なかったのです。


確かにハデル様は凄腕の方なのでしょう。


それは勇者パーティに入っている事から分かりますわ。


ですが……ハデル様は勇者でも剣聖でもありません。


きっと『普通の人』です。


だから、何回もオーガに囲まれ殴られ蹴られ攻撃を受けていましたわ。


普通なら私達なんて見棄てて逃げる筈ですわ。


普通の冒険者ならきっとそうした筈です。


ですが、ハデル様はしなかった……


どんなに打ちのめされても、最後まで戦いオーガに勝利したのです。


白金の綺麗な鎧はオーガとハデル様の血に染まっていましたわ。


妹の馬鹿は怖いと泣いていましたが、あの方が私達を守るためにどれだけの血を流したのか分かりません。


もしかしたら鎧の下は傷だらけかも知れません。


あれ程のオーガに攻撃されて無傷の訳ないですわ。


それなのにあの方、ハデル様はニコリと笑い。


『あの……もうオーガなら倒しましたよ。大丈夫ですよ』


そうおっしゃったのです。


『ご丁寧に、僕は希望の翼所属のハデルと申します』


そして、お互いに挨拶をすますと御者台に行ってしまいましたわ。


暫く、馬車が出なかった事から、恐らくはポーションでも飲まれたのでしょう。


なんていう素敵な方でしょう。


自分の手柄を誇るのでもなく、大怪我したのに笑顔で話しかけてくる姿……あれこそが私が求める英雄の姿です。


勇者パーティに所属という事はあながち『英雄』というのもおかしくないかもしれませんわね。


残念ながら希望の翼には男性は勇者様のライト様しか居ませんでしたわ。


魔王討伐後の勇者様には沢山の縁談がきますから、いかにモントリオール伯爵家でも手は届きませんわ。


ですが……ハデル様なら、もしかしたら手が届く可能性はあります。


屋敷に帰ったら、今回のお話と共にお父さまに相談ですわ。


◆◆◆


「ハデル、本当に大丈夫? 血だらけだけど?」


「これ全部、返り血ですから」


「本当に凄いね。あれだけのオーガに攻撃を受けて怪我一つしないなんて」


「確かにそうですね。ですが、やはりあの攻撃は慣れるまで心が痛みます」


「確かに……出来るだけ一撃で急所を捕らえて終わらせる。そういう訓練が必要かもね」


「僕もそう思います」


自分で戦いながらもあれは、残酷すぎる。


相手がオーガとはいえ、苦悶の顔で死んでいくのを見るのは辛かった。


「だったら僕が訓練につき合ってあげるよ! 明日から頑張ろう!」


「はい、リメル様、お願い致します」


「あの……ハデル、そのリメル様っていうのそろそろ辞めない?」


どうしたのだろう?


リメル様の顔が赤い気がする。


伏目がちで赤い顔で言われると……つい誤解してしまう。


相手は四職、絶対に僕の勘違いだ。


「何故ですか?」


「ハデルはもうライトに認められた仲間だ! 勿論、僕も認めているよ! なのに『様』はないよ」


「ですが、四職を呼び捨てにするなんて……」


「マリアンヌだって、最初はハデル君って呼んでいたけど、今はハデルって呼んでいるし、リリアだってハデルちゃんからハデルに呼び方をかえているだろう」


確かに言われてみればある時からマリアンヌ様はハデル君からハデルに代わっているし、リリア様もちゃんをつけていない。


「確かにそうですね」


「うん、仲間だからこそ、マリアンヌは『君』を外したしリリアは『ちゃん』を辞めた。だから呼びにくいとは思うけどさぁ、ハデルにも様はやめて欲しんだ」


「そうですか、ですが……」


「ほうら言ってみ……リメルって」


「え~とリメル……」


「そう、それでいいんだよ……ほうら、もう一回言ってみようか?」


「リメル、これで良いですか?」


「まだ、固いからもう一回!」


「リメル……」


「う~ん、まだ固いなぁ~」


「リメル」


「まぁ、初めてだから、こんなものかな? それじゃハデル、これからも宜しくね」


「はい、リメル様」


「リメルだって!」


「気をつけます」


仲間と認めて貰えたのは嬉しいけど、四職に様をつけないでくれなんて……小心者の僕には荷が重いよ。







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