◾️第3話『誓いの朝〜魔力の洞窟へ』

その後、ぷーちゃんに「さっさと休め、軟弱者ども!」と促されて、俺たちはテントに戻り、もう一眠りすることにした。


だが、牙トカゲとの戦いの興奮がまだ体に残っていて、なかなか寝つけやしない。

テントの中は静かで、焚き火の残り火がパチパチと小さく音を立てるだけ。俺は寝袋に横になりながら、頭の中でさっきの戦いを何度も反芻していた。


そんな中、背中にふわりと柔らかい感触。泉が、そっとくっついてきたのだ。彼女のやや明るめの黒髪が、俺の肩に少し触れる。戦いの緊張と疲れで、さすがに心細くなってるんだろうな。


「光さん……」


泉の声は小さくて、ちょっと震えてるけど、どこか温かい。


「あの、ね。無理は…しないで、ゆっくり行きましょうね? 光さんが無茶したら、わたし…めっちゃ心配になっちゃうから…」


その天然っぽい言い方が、なんだか妙に心に響く。俺は振り返らず、寝袋の中で小さく笑った。


「はは、泉は心配性だな。わかってるよ、ゆっくり、確実に行く。――死んだら、せっかくの冒険が台無しだしな。」


「うん…台無し、絶対ダメだからね!」


泉の声が少し明るくなって、背中にぎゅっとくっつく力が強まる。


「光さんと、ぷーちゃんと、もっとずっと冒険したいから…。ね、約束だよ? 死なないでね?」


「死なないでって…お前、さっき牙トカゲぶっ叩いてたくせに、今になってめっちゃビビってるじゃん。」


俺はクスッと笑いながら、ちょっとだけ振り返って泉を見る。彼女の目は、焚き火の光に照らされてキラキラしてるけど、どこか不安そうな色も混じってる。


「もー! あれは勢いだったんだから! 光さんがカッコよく戦ってるから、わたしも少し無理して頑張ったの!」


泉が頬を膨らませて、俺の背中を軽くポンと叩く。


「でも…光さんが無事なら、わたし、どんな怖い敵にでも勝てる気がするよ。…たぶん、100分の1くらいの確率で!」


「また100分の1かよ!」

俺は思わず吹き出して、寝袋の中で体を少し起こす。


「泉、ほんと不思議な子だな。ビビってるくせに、なんか元気もらえるわ。」


「えー、わたし、不思議かな? 光さんの方が、めっちゃカッコいいまま平然としてるの、よっぽど不思議だよ!」


泉がくすくす笑って、俺の背中にまたそっと寄りかかる。彼女の温もりと、花みたいな柔らかい香りが、戦いの緊張を溶かしていく。


(……この世界をクリアしたら、ここでの記憶は消える――そう言ってたな。)


運営のあの言葉が頭をよぎる。

でも、泉のこの笑顔も、ぷーちゃんの不思議な面白さも……そんなの、忘れられるわけがない。


だったら、決めるしかない。

俺は心の中でそっと誓った。

絶対に――二人で……いや、三人で、この冒険を最後まで走り抜けてやる。


「光さん、寝た…?」泉の声が、眠たげに小さくなる。


「まだ起きてるよ。…お前も、早く寝ろよ。明日、魔力の洞窟だぞ。」


「うん…光さんがいるなら、たぶん…寝れるかな。」泉の声はもう半分夢の中みたいで、背中の温もりがふんわりと軽くなる。 


俺は静かに目を閉じ、泉の小さな寝息と、ぷーちゃんの「フン、軟弱者どもめ…」って遠くの呟きを聞きながら、ゆっくり眠りに落ちていった。


——翌朝


朝霧が立ち込める森の中、俺たち三人は焚き火を囲んで朝食を食べながら、次なる冒険への準備を進めていた。


牙トカゲとの戦いのアドレナリンがまだ体に残っていて、泉はいつものようにちょっと大げさにテントの奥に用意されていたパンを掲げてはしゃいでいる。


「ねえ、光さん! このパン、めっちゃふわふわ! まるでぷーちゃんのほっぺみたい!」

泉がニコニコしながら、ぷーちゃんを指差す。


「パンじゃねえ! オレ様は元ラスボスの『ダリウス・ザ・カオス』だぞ! そんなチャラい例えやめろ!」ぷーちゃんはぷるぷる震えてムキになるけど、その姿が余計に泉をくすくすさせる。


「えー、でもぷーちゃん、めっちゃ愛嬌あるよ! こう、ぎゅーって抱きしめたくなっちゃう!」泉が手を広げて抱きつくジェスチャーをすると、ぷーちゃんは慌ててピョンと跳ねて逃げる。


「やめろ、近寄るな! ……いや、でも胸にギューってか…?それなら…ちょっとだけは……」少し赤くなった、ぷーちゃんの異変に、俺は思わず怒り出す


「コラ!ぷーちゃん!元ラスボスがスケベ心出すんじゃねーぞ!プライドはどこ行った!?」俺はそう言いながらも、泉の胸元を見る。


「むー、光さんまで胸目当て!? でもさ、ぷーちゃんってほんと元ラスボスだったんだよね? スライムになっちゃった今って、どんな気分なの? やっぱり、昔の自分に戻りたいとか思う?」


泉が無邪気な笑顔でぷーちゃんに尋ねる。彼女の目はキラキラしてて、まるで純粋な好奇心そのものだ。


ぷーちゃんのぷよぷよした体が、ピタリと止まる。焚き火の炎がその小さな体に映り、いつもと違う、どこか重い空気が漂う。俺も思わず箸を置いて、ぷーちゃんを見た。


「……気分、だと?」ぷーちゃんの声は低く、まるで内に秘めた炎が燃え上がるような響きだった。突然、彼は焚き火の前にドンと跳ね上がり、ぷよぷよの体を精一杯膨らませて叫んだ。


「フハハ! いい質問だ、泉! オレ様はただのスライムじゃねえ! オレ様は『ダリウス・ザ・カオス』。この世界を震わせた最強の魔王だ! クソくらえなAIにこんな姿にされて一度は死のうかと思ったが、お前らと出会って、オレ様の魂はまだ燃えてることに気づいた!いつかこの呪いをぶち破って、もう一度ラスボスとしてこの世界の頂点に立ってやる!」


「ええっ!? ラスボスに…戻る!?」泉がパンをポロッと落とし、目をまん丸にして跳ね上がる。「ぷーちゃん、初めてそんなカッコいいこと言った! うわ、めっちゃドキドキする! まるで恋のライバル現る! みたいな展開!」


「恋のライバルって何だよ!?」俺は思わずツッコミながら、ぷーちゃんに目をやる。「でも、マジか、ぷーちゃん! 元ラスボスってのは聞いてたけど、またラスボス目指すって…めっちゃデカい夢じゃん!」


「フン、当たり前だろ!」ぷーちゃんは得意げに体を揺らし、焚き火の炎を背景にまるで大舞台の主役みたいにふんぞり返る。「スライムだろうがなんだろうが、オレ様は『ダリウス・ザ・カオス』! この先にある魔力の洞窟には、俺の力を取り戻す手がかりがあるかもしれねえ。行くぞ、光、泉! 俺の復活の第一歩、刻んでやる!」


「うわー、ぷーちゃん、めっちゃカッコいい! 絶対応援するよ! ラスボスぷーちゃん、どんな姿になるんだろう? めっちゃデカくて、キラキラのマントとか着てるのかな?」


泉は手をパチパチ叩いて、目をキラキラさせる。「ねえ、光さん、ぷーちゃんのラスボス姿、想像してみて! 絶対カッコいいよね!早く魔力の洞窟行きたい!」


「はは、マントはちょっと派手すぎねえか?」俺は笑ったがちょっと気になることを聞いてみた。


「でもさ、普通ゲーム内の敵キャラって、そのゲームの秩序を乱す行動ってしなくね?」


「フハハ! さすが光だ、勘が鋭いな!」ぷーちゃんはピョンと跳ね、俺の肩に飛び乗った。


「昨日の夜な、頭ん中でぐるぐる考えてたら気づいちまった。オレ様、どうも“バグ”になっちまってるっぽいんだよ…!」

そして、ぷーちゃんはさらに雄弁に語る。


「だから、この世界のラスボスになるどころか、この世界ごとぶっ壊すことだって可能かも知れないってことだ……」


「お、おお……ある意味めっちゃ怖いけど、頼もしいなぷーちゃん…。世界ぶっ壊すのは、俺たちがゲームクリアして帰ってからにしてくれよな?」


「……なんだよそれ。冷てーこと言うなよな。いなくなっちまったら、寂しくなるじゃねーかよ……。命の恩人が……」


「ぷーちゃん……」


「……べ、別に感傷的になってるわけじゃねーし? そっちがいなくなったら、ヒマになるってだけだし……!」


少ししょぼくれたぷーちゃんを泉が両手で抱えてその胸にぎゅっと抱きしめた。


「ぷーちゃん大丈夫。私たち、どこにもいかないよ。一緒に世界征服して、パンとケーキの国を作ろうね。」


「……うん♡、わかったぷー♡、作るぷー♡」


急にかわいこぶった俺様スライムに俺は腹を立てた。


「おいこら!お前中身はスケベオヤジのくせに、何かわいこぶってんだ、泉の胸から早く離れろ、このムチムチ野郎!」


その後、激しく罵り合う俺とぷーちゃんの声と、可憐に笑いながらなだめる泉の声が森にこだましていた——。




朝のひと時が終わり、俺たちは旅を再開した。

昨夜の焚き火はほとんど灰になっていて、泉がこっそり焼いていたパンの匂いも、もう風に流されてどこかへ消えていた。代わりに漂ってくるのは、少し冷たい森の匂い。新しい一日の始まりだ。


「おう、のろのろすんじゃねーよ。ラングード洞窟まで、けっこう歩くんだからな」

そう言って、ぷーちゃんが俺の頭の上で仁王立ちする。スライムのくせに。


「ぷーちゃん、その洞窟って……やっぱり危ないの?」

泉がリュックを背負いながら聞くと、ぷーちゃんは鼻で笑った。


「危ない? あんなの“最高”に決まってんだろ。魔力が濃すぎて魔物が自壊するレベルの魔窟だぞ? オレ様が魔王だった頃の修行場みてぇなもんだ。そこで魔力を吸い上げて、ついでに魔力制御のリハビリすんのさ」


「……最高じゃなくて最悪だろそれ」

俺は肩をすくめながらも、どこかワクワクしていた。


ここでの旅の目的は、“第1ステージのボス”を倒すこと。でも、ぷーちゃんが本気で力を取り戻すってんなら、それはきっと、俺たちの生存率にも関わってくるはずだ。


「そんで? ラングード洞窟にはどんなのが出るんだ? 牙トカゲよりヤバいのいる感じ?」


「うーん……まあ、そうだな。だいたいみんな、バグってる感じよな」


「バグってる!?」


「魔力に当てられて、進化だか退化だか分からん状態になってんの。たとえば――樹に住んでたリスが、二足歩行になって呪文唱えるようになってたりとか」


「もうそれモンスターじゃん!」


「気を抜くと、意識だけ魔力に吸い込まれて、体がふにゃふにゃになるからな。お前ら、オレ様の後ろから離れんなよ」


「了解です、隊長!」泉が小さくぷーちゃんに敬礼して、俺の手をきゅっと握る。少し冷たくて、柔らかい手のひらだった。


そうして俺たちは、朝の光を背に、木々の奥へと歩き出した。


目的地は、魔力の胎動――ラングード洞窟。

俺たちの旅は、次のステージへと進んでいく。

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