第3話

 無人島に漂流して早4日目の朝を迎える事になった直哉と夜宵。

 2人はもう手慣れた様に海水を独自のろ過器を作り上げて、飲み水を確保していたので、朝の水分補給をしていた。

 そして、その水は料理にも使われているので、海水を組み上げてろ過器に入れるのは夜宵が担当している、これは本人の強い希望で任されている役目でもあった。


「よいしょ……これで今日の分は確保出来ます、ね……あ、あれ……? な、直哉君?」

「あー重い! この部分だけでも退かせれば外の景色が見えるから救難船を待つのにもいいんだけれどさ。中々に重くて動かねぇ」


 直哉が動かそうとしている岩を見て夜宵は周辺を見て回る、何かを確認しているのか岩に触れて動く方向もチェックしているのが直哉にも分かった。

 少ししてから流れ着いていた大きな流木を持ってきた夜宵は、角度を確認してから岩戸岩の隙間に流木を差し込んだので、直哉はその手があったか! と笑顔を浮かべて夜宵に近寄る。

 2人で一緒に流木を押し込む様にして岩を前方に転がそうと頑張ってみる、少し流木がミシッと言いながら軋むのを聞きつつ力で押し込むと……。

 ゴッ、ガラガラッ、ドサッ……そんな効果音が付くかの様に大きな岩は、元の位置から転げて砂の上に落ちた。


「やった!」

「こ、これでいいですね……お役に立てました……か?」

「かなり役立った! うーん、流石学年上位の成績優等生」

「そ、それは……直哉君も同じでは、ないですか……」

「俺は国語と社会だけ成績いいだけで、他は平均だもん。夜宵みたいな万能タイプな成績じゃないぜ?」

「……勉強の仕方が鍵では?」

「勉強なー……それより俺は仕事の方がいい」

「……し、仕事?」

「あ、ま、まぁ、勉強も大事だよな!! ははっ」


 何かを誤魔化す様に笑いながら洞窟の外に向かった直哉に、夜宵は少し首を傾げる。

 直哉は高校生で既に仕事をしているのは分かった、それはアルバイトの事を指し示すのではないだろうか? そう考えて誤魔化す理由に思い当たる。

 2人が通う高校はバイトが禁止ではないが、それなりに厳しい学校でもあって。隠れてバイトをしていると最悪停学処分を貰う事もある程だ。

 それで誤魔化した、と夜宵は考えていた。それならば誤魔化すのも致し方ない、と。

 その頃の直哉は1人浜辺に座って考え込んでいた。自分が何故、夜宵に仕事のことを誤魔化したのか? その理由について考えていたのである。


「言える、か? でも、本人に言って触れられたくなかったら……ここまで信頼関係築いているとは言え、タブーはタブーだよなぁ……」


 直哉の記憶にはある一冊の小説が浮かび上がっていた。その本の何処に惹かれたのか? その本はまさに読んだ者を虜にするだけの魅力溢れる素敵な物語だった事を直哉は思い出す。

 その小説を読んだのがキッカケで直哉も同じ世界、小説家として足を踏み入れた人間。

 小説を書いた作家のネームは「夜宵」、そう、今まさに一緒に遭難している夜宵である。

 高校に入ってから夜宵の存在を知ると、直哉は一目散に声を掛ける……憧れの、尊敬して止まない作家の夜宵と友人として話がしたくて。

 だが、夜宵は既に作家としての活動は休止しており、学校では引っ込み思案の大人しい女子生徒として高校生生活を送っていた。

 だから、直哉は自分の憧れだという気持ちを封印して、それから1人の友人として傍にいる事を選択したのである。


「……はぁ、今更蒸し返すのは常識的にナシだろ……」

「……何を蒸し返すのですか……?」

「うわっ!?」

「ご、ごめんなさい……凄く迷っているご様子だったので……相談になら乗りますよ……?」

「あ、いや……その……さっきはごめんな誤魔化すと言うかはぐらかして」

「い、いえ……学校に知られたら停学になるかも知れないのですから……私が言わないなら大丈夫ですけれど……」

「うーん、学校側は知っているよ。一応入学時に知らせているから……ただ、その……恥ずかしいってのがあって」


 直哉はそこまで言いながら黒い髪に白のメッシュが入った髪の毛を、ガシガシと掻いて照れ隠しを見せる。

 夜宵はその仕草に何故か胸が温かくなる気がしているのを感じて、無意識にスカートを握り締めていた。

 直哉の座る隣に腰を下ろして夜宵は前方の水平線を見つめる、直哉もそれに習って水平線をただ黙って見つめた。

 そして、夜宵はある事を口にする。それはこの無人島に来てから気付いていた事である。


「……あの」

「うん?」

「……ずっと待っていたんですが、言ってくれなさそうなのでお伺いします」

「な、なんでしょうか?」

「……直哉君……私を助けた時かこの島に上陸する時に右足を痛められていますよね?」

「!!」

「何となく、足を庇って歩かれているのを見て気付いていたので……どうして言ってくれなかったのですか? そんなに私が頼りないでしょうか?」


 直哉の方に顔を向けた夜宵の瞳は不安と怒りと淋しさの感情が入り乱れていた。

 友人なら頼ってほしい、何か手当ての1つくらい出来たかも知れない、そんな思いが瞳を見つめるだけで直哉に充分な程に伝わっていく。

 直哉は少しの間、どう答えようかと考えたが正直に自分の気持ちを話す事にした。


「ごめん、頼りないとかは考えてもないし、感じてもいない」

「ならどうして!」

「俺が……夜宵を助けた理由に関連するから」

「わ、たしを助けた理由?」

「きっと夜宵は俺が助けたのは、偶然隣にいて、落ちたのを見たからだと思っているだろ?」

「あ、はい……それが普通だと思うので……、違うのですか?」

「うん、違う。もっと邪な理由がある」

「邪な、理由……」


 そこまで話をして直哉は一度右足のくるぶしに手を添える……まだジンジンと熱を持っているのが分かるほどに腫れているのが手の指先から伝わってきた。

 夜宵がそれにハッとして自分のハンカチを取り出し海水に浸しに立ち上がると、タタタッと波打ち際に向かって行きハンカチを濡らす。

 絞ってから直哉の元に戻るとそっと右足側に座り込んで、控え目ではあるがズボンを持ち上げて腫れている箇所を確認して眉を寄せてしまった。

 恐らく2人の中でこの腫れ具合から導き出せる答えは同じ。


「これ……筋を痛めていますね」

「やっぱり夜宵も同じ見立てか。もうずっと冷やしてるけれど腫れが引かないし、熱も取れない。筋だなって感じはしていた」

「とりあえず定期的に冷やすしか今は処置の方法はありませんから……一刻も早く救難船が来れば手当ても充分に出来るんですけれど……」

「なんだかんだで4日目だもんな……そんなに遠い無人島に流されたのか俺達」

「……助かるのでしょうか……」

「夜宵?」

「このまま……このままここで過ごし続ける事になったら……」

「大丈夫だよ」

「直哉、くん……」

「運命はきっと俺達を助けて下さる。どんな運命も「命」を見捨てたりはしない」

「!!」


 直哉が言った「どんな運命も「命」を見捨てたりしない」は夜宵のデビュー作の小説に出てくるメインテーマに沿った主人公が放つセリフであった。

 夜宵はその言葉を直哉が言った事で、正直感じていた違和感が溶けて行くのを感じ取る事が出来る。

 そして、夜宵の違和感をいつの間にか溶かしていた直哉は、砂浜から立ち上がり曇り空になり始めている空を見上げる。

 このまま行けば今日の夜は雨だ、と直感で感じ取ると夜宵の方に手を差し出す。


「そろそろ洞窟に戻ろうぜ。雨が降り始めたら風邪引いちゃうから」

「……はい」


 手を重ねる夜宵に微笑みを浮かべる直哉。

 まだ2人の距離は一定のまま。

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